彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。

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■十二月某日

No.541

執筆。

『ギャング・オブ・ニューヨーク』を見る。

スコセッシであるから、つまらないわけはないのだが、どうも大河ドラマの総集編を見せられている気もしなくはない。
■十二月某日

No.542

クリスマス・イヴ。

新宿の名曲喫茶スカラ座に行くと、今年いっぱいで閉店の報のせいか、ほぼ満席で店員はおおわらわ。ひとり感慨に耽っているふうの客多し。店の備品等が欲しい方には売るとの貼り紙がある。

シャンパンとフランス・チーズを買って帰る。歌舞伎町のこのいきつけの酒屋は様々な人種でいっぱい。

執筆。

テレビを見ていたら松尾伴内が宮沢章夫氏に似ていることを発見。
■十二月某日

No.543

執筆。

『刑務所の中』を見る。面白い。欲をいえば、もっと素っ気なくてもよかったのではないか、とも思うが、そうすると観客がついてこないからなあ。

これで正月映画で見たいものは見た計算になる。ハリポタは見たくない。山田洋次の時代劇も見たくない。金の『夜に賭けろ』もとっても悪いが、気分が乗らない。熱血映画という触れ込みだがらだ。熱血は嫌だ。冷血が好き。ごめんね、金ちゃん。
■十二月某日

No.544

執筆。

来年二月のアジアのプレゼンとパゾリーニのリーディングのチラシがあがってくる。詳細は当HPでね。
■十二月某日

No.545

ブロードウェイを歩いていたら、といっても中野のそれだが、不意に後ろから襟首をつかまれて、振り返ると山田山子で、いきなり怒っている。

なんだと思ったら「日曜にあんたにやったヴーヴクリコのイエロー・ラベルを返せ」とのたまう。

この日乗の私の誕生日パーティのくだりで「女っ気なし」と書いたのが、気に入らないと、そのままぐだぐだと離さない。

それから数十分後の行動を、私は自分でも理解できない。

やおら私は目を三角にした山子に向かって「おしり」と一言いい残して脱兎のごとく駆けたのであった。山子のあっけにとられた顔が一瞬見えた。

私はもみじ坂の中央図書館までそのまま走り、そこでバタイユ全集を眺めて再び駅前まで戻り、中野武蔵野ホールで加藤泰の『炎の城』を見た。

これはハムレットを下敷きにした時代劇で、原作に忠実なのに驚いた。実に堂々とした時代劇ハムレットだ。ただ一点原作と違うのはハムレットが生き残るところ。加藤泰もハムレットが生き残っていいものかと撮影開始してからもこだわり、ついに主演の大川橋蔵を「はい、監督、ぼく、死にます」といわせるまでいったらしいが、制作側に会社命令だと却下されたという。

他のキャスティングもすごい。クローディアスに大河内伝次郎、ガートルードに高峰三枝子、オフィーリアに三田佳子である。
■十二月某日

No.546

遊静館の大掃除。

よく働いた。年頭に書いたらしい今年の目標などというメモを見ると、何ひとつ達成していない。そんなもんだ。
■十二月二十九日

No.547

たらたらと過ごす。

夜、テレビで『紅白歌の祭典』を見る。二人組みのシュガーの「ウエディングベル」に涙が出る。メンバーのひとりの毛利は亡くなってしまった。

政治ヴァラエティ番組を見る。最近ハマコーが復活している。ということはもうまるで安全な人ということね。
■十二月三十日

No.548

執筆。

新宿の紀伊国屋でお買い物。

夜、『ザ・ベストテン』見る。明菜も聖子も、そして何より大好きだった柏原芳恵の歌を聞けて満足。

黒柳徹子がボブ・サップのことをボブ・ホープといっていたのには笑えた。

くたびれてシングル・モルトを飲む。シガーもやって部屋の空気を汚す。

小林信彦の新潮文庫の新刊がやめられなく、一気に読み終えてしまう。

この人の書くもの、殊に映画、演劇に関してのことはいつも敬意と同時に反発を覚えつつ、楽しく読んでしまう。たまに、すかしたジジイと思う。
■十二月三十一日

No.549

執筆。

横浜へ。

『猪木祭り』と『紅白』を慌しくザッピング。

吉田に負けた佐竹、負けたくせにへらへら笑ってるな。

サップが高山をくだした技が腕ひしぎ逆十字とは!そりゃないよ。

一方『紅白』はなんといっても中島みゆきだ。

なんだか『猪木祭り』つまらなかったな。サップのプロレスの学習の仕方は中途半端だ。プロレスをやるならもっときちんとやってくれといいたい。試合がつまらなさ過ぎる。

それにしてもいまだに赤組だ白組だとやっている紅白ってなんかすごいね。
■一月一日

No.550

田端の祖母のところへ。

親戚でいっぱい。従兄弟の子供達にお年玉。今年は彼女達も私になついていて実に可愛い。上の子は文化系にきそうなので、20歳を過ぎたら是非銀座、新宿界隈のバーへと彼女の社会勉強のために誘おうっと。美味いレストランもつれて行って革命前夜のデカダンの香りの片鱗を教えよう。その頃わしは50代か。

年賀状を送ってくれたみなさん、もしこれを読んでいたらありがとうございます。

今年もわたくし、一枚も送れませんでした。別にそれが信条というわけでなく、ただの怠惰のせいです。

でも純ちゃんが送信してくれたODNの通信カードが面白くてはまってしまって数人の人にはメール賀状を送るつもり。

夜、テレビの劇場中継で『あ・うん』を見始めたらけっこうはまってしまって最後まで見てしまった。いやあ前衛演出家がこのていたらくではあきまへんな。でも向田邦子ってさすがね。今にこういった戯曲書いて各方面から裏切り者呼ばわりされるのも一興だろう。
■一月二日

No.551

もうテレビばっか。つまんねえつまんねえと悪態つきつつ結局見ている。

『さんまのまんま』ではビートたけしと浜崎あゆみというスリーショット。やはりさんまとたけしの掛け合いはおもしろい。たけしの検便話には涙流して笑った。昔マッチ箱に入れていたというのは聞いたことあるが、はまぐりの殻にというのは初めて聞いた。それと汲み取り式便所での検便の苦労。肛門から落ちる糞を受け止めなければならず、狙いが外れて手首に乗ってしまうという。

これは私の見解だが、最近腰を上げると自動で水が流れるトイレもあるが、検便の糞が出なくて、始終容器を抱えていたとして、やっと出たと思ってこのトイレに出会った際の絶望感はいかばかりのものだろう、想像しただけでもぞっとする。

絶頂を迎えたあゆ、嫌味でいうわけではないが、あとはもう落ちるだけなんだよな。

イーストウッド『スペース・カウボーイ』を見る。

今年の目標、一日一善!
■一月三日

No.552

雪。

なにもしない。

たらたら。

だらだら。

なにもしない。

今年はおすぎとピーコの出番が多い。あとさんまと志村けん、か。若手芸人が出ていない証拠だな。

暇だからまた紅白の総括をするとして、五木ひろしは気合入れて歌ったけれど、歌自体がチンケ過ぎる。

おふくろの子守唄、子守唄ってそれしか中身のない歌。要するに演歌を書ける人がいないのね。

たらたら寝る。寝るのが楽し。
■一月四日

No.553

親戚のうちで大酒食らう。

帰ってきて新日プロの正月初め番組を見て、大いに盛り上がる。特に過去の試合映像である。

前田とニールセンの試合など、かつて会場に見に行ったものだったし、封印されていた前田、大巨人戦がついに放映されたのである。時間の魔術を感じる。時は魔術師。新日が前田をはじめ、辞めていった選手の映像を放映すること自体が、一種のマジックを感じる。

ブロディの勇姿も久々に見ることができた。

ボブ・サップはこうしたプロレスの世界に本気で身を投じようというのだろうか?

私にはそうは思えない。サップはプロレスを学習しなくてもいいと思うのだか、馬力だけではすぐに飽きられてしまうことはサップはわかっているだろうから、いろいろ勉強しているのだろう。それとも完璧にデストロイヤーの道、筋肉芸人に徹することだろうか?
■一月五日

No.554

銭湯でびしびし汗を流す。刺青をした若いヤクザの態度というのは、絵に描いたようなヤクザっぷりだ。それとも正月『極道の妻たち』を見た末の研究成果だろうか。とにかくうっとうしくて仕方ない。自意識過剰の馬鹿。若い役者志望と同じ。
■一月六日

No.555

世間と歩調をあわせて仕事始め。

執筆。
■一月某日

No.556

『K-19』を見る。

こういう映画だとは思いもよらなかった。戦争物かと予想していたら、戦争シーンなど皆無の自爆映画。

『深く静かに潜行せよ』とか『Uボート』とか往年の潜水艦物を思い出したりして、それなりにおもしろかったが、妙に焦点がボケていて、結局ハリウッドが旧ソ連邦をコケにしたかっただけの映画なのではとも思えてくる。

ハリソン・フォードがロシア人ということ自体、笑ってしまう。

静かな新年会を開催する。

■一月某日

No.557

京都行きの新幹線の車中サラ・ケインの『BLASTED』を読む。実におもしろい。

常宿のホリディ・インの一階、回転寿司の魚倖に行くも、書かれた今日のおすすめも売り切れ、光物全部寿司売り切れで、えびもなしと聞き、カウンターで「なんにもねえんだな」と思わず大声を出してしまう。ここはお気に入りでよく使うのだが、今回はひどいものだ。サギにあった気がしてくる。何か入り口に告知でもしろといいたい。
■一月某日

No.558

授業。

テレビで『わたしはあきらめない』で林家こぶ平を見る。若くして真打に昇進した際の苦労を語る。実は私はこの時期の真打昇進記念公演の創作落語を頼まれて書き下ろしている。こぶ平さんはあのとき、まるで楽しげでなかった。明らかに戸惑っていて、しかも甘ったれだった。そのため私は少なからず頭にきてしまって、自分の書いた落語を聞きにいかなかった。

やはり、本人の苦悩は相当なものだったのだなとこの番組で初めて知った。
■一月某日

No.559

授業。
■一月某日

No.560

執筆。

パリダカの篠塚、転倒して重態の報。

かつて本気でパリダカに憧れて、出場を準備したことがある。そこが砂漠だからだ。

世田谷で打ち合わせ。

二月のリーディング、パゾリーニの『オルジァ』の翻訳を四時間かけてチェック。

帰宅してだらだらとシングル・モルト。

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