彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。

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■十二月某日

No.521

授業。どうも気が乗らないのだが、始めると好調である。
■十二月某日

No.522

嵐山を回ってから帰京。

朝日カルチャーセンター、最終日。打ち上げ。みなさん、喜んでくれていてまことによかった。「このまま劇団つくろう!」なんて声も上がる。
■十二月某日

No.523

午前中、世田谷で打ち合わせ。

『ロード・トュー・パーディション』を新宿で見る。ポール・ニューマンを見たかったためだが、ラスト不覚にも感動してしまって涙を流す。少年のナレーションにである。

バーに寄り、しんとした気分でウイスキーを飲む。こういう時間が一番幸せだ。

新聞を広げるとK−1の放送があると知って慌てて店を出る。

目当てのサップ、ホースト戦に間に合う。期待にたがわず素晴らしい試合だった。興奮した。
■十二月某日

No.524

紀伊国屋ホールで劇作家協会新人の公開審査の司会に赴く。

久しぶりに会った鴻上氏は「なんで司会なの?」といい坂手氏は「存在感があり過ぎる司会だ」とのたまう。

鴻上氏のところはふたりめの子供が産まれたということだ。ふーん、みんな大人になっていくんだなあ。

予定通り9時に終了。

なぜ劇作に停滞感があるのかよくわかった。

その後TOPSバーで打ち上げ。飲むとどっと疲れが出てきた。

みのもんたがサムイ、アツイ、ツカレタ、イソガシイといっては人間いかんといっていたが、年中この全部をいっている私はさしずめ人間失格ね。でもいいのですよ、いうことによってストレス解消しているのであって、気張って生きることはない。
■十二月某日

No.525

遊静館近くの医者へ。

検査結果を聞きにである。実は京都の病院で行った生活習慣病検査で中性脂肪がおそろしく高かったため、再検査したのであるが、今回まったくの正常値。京都の検査では朝食摂っていいと書いてあったので、しっかりホテルの和食を食べていったせいと思われる。まったく人騒がせな。朝食摂っていいとは、どうもおかしいと思っていたのだ。

あれからひとりで中性脂肪、チューセーシボーとわめいていた。今となってはその日々がなつかしい。中性脂肪が高いなど初めていわれたのでどこか新鮮だった。

そういうわけで夜はおでんを食べる。

東京は早い雪となり、雪見酒である。
■十二月某日

No.526

晴れ。

これから京都でゴダールの『ウィークエンド』を見る予定。
■十二月某日

No.527

極楽とんぼが桜美林大学の文化祭で、山本のほうがチンポを見せ、公然わいせつ容疑で書類送検されていたという。こんなことぐらいで誰が通報したのだろうか。極楽つぶしを狙ったという確信犯ならまだわかるが、別にぎんぎんにたっていたブツでもなかったろうに。

東寺近くのみなみ会館で『ウィークエンド』を見る。

なんという素晴らしいバカ映画だろうか!

アナーキーなどという言葉を紋切り型でなく使える瞬間に立ち会ったという気分だ。バカは最高!
■十二月某日

No.528

授業。

会議。

さすがに京都は冷える。

元田中の定食やでいっぱいやる。

映画のストーリーについて考える。
■十二月某日

No.529

今年最後の授業。

スタジオ21で劇団マンディリの『戦争』を見る。

以前この劇団の新国立で上演されたパオクンの芝居を見たことがあり、古臭いアングラだなあという印象で今回ほとんど期待していなかったのだが、これが掘り出し物だった。

いやはや面白かった!音楽がまた素晴らしい!

これだから芝居というのはわからない、見ていた学生達も口々におもしろいを連発していた。こういったものを授業の振り替えとして見られるここの学生達は幸せ者だ、本人たちに自覚があるかどうか知らないが。

京都は熱いぞ。冷静に熱いぞ。
■十二月某日

No.530

帰京。

サイスタジオで小沢さんの朗読を聞く。六条と葵の確執の物語。

東京スポーツが山本の事件を『極楽チンポ』と一面で報じている。通報したのはひとりの男だという。どういった料簡なんだ。よっぽど山本のチンポが気に入らなかったのだろうか。
■十二月某日

No.531

世田谷のセミナールームで劇作家協会の戯曲レクチャー。

二時間、戯曲演劇とテキスト演劇の差異について語りまくる。

終わって質問攻めにあう。

高田馬場に向かいお気に入りのカレー店に行くと無い。東西線に降りていく途中の飲食街だ。カレー店ばかりでなく、一部の中華やを抜かしてほとんどが閉店している。この飲食街は浪人していた頃より活用していたから20年以上の歴史があったということになるが、遂に潰れた。

カレー店は敷地の中央に楕円状のカウンター席で囲まれていて、私はここのカツカレーが好きだった。

仕方なく残っている入り口付近の中華のメニューにかろうじてカレーを見つけて注文すると、残り少なく半カレーとラーメンではといわれるので、では半カレーだけという頼み方は可能かと聞くと、いいというのでそうする。

すると隣の席から「川村さん」と声がして振り返ると演劇プロデューサーのH氏だった。すっかり今までのやりとりを見られてしまっていたわけで、私は照れ笑いをした。H氏とは以前一度仕事をつきあったことがあり、お互いの行動半径が同じなせいか、これまでも予想外のところで遭遇を繰り返していた。

先にラーメンを食べ終えたH氏だったが、すぐに席を立とうとはせず、夏から体の具合がよくないと語り始めた。氏は私より10歳年上だ。

パニック障害で満員の電車に乗れなくなったという。

そんなことなら自分は20代の頃からそうだというと、へぇーっといった。

どうしてるの?と聞くので平気なときとそうでないときが自分でわかるようになってくるし、対処の仕方も慣れてくると教示した。

とにかく動悸と発汗が異常だそうだ。

更年期じゃないのというと、それもあるらしいという。

とにかく、人なんてみんな普通の顔して生活しているが、なにかしら持ってるもんだよ、というと、そういうもんかねといった。

去り際、死ぬ前にまた一度仕事をしようと告げてH氏は西武線に向かって行った。

そんなことがあったこの日、これにて今年の公の仕事は終わった。仕事納めである。

あとは書斎仕事。

ああ、映画が見たい!

崔さんとイーストウッドの新作が見たい。

H氏のことは他人事ではない。今年は目眩だ、中性脂肪だとお騒がせの年であった。

ところで私の京都で宣告された中性脂肪の数値だが、実は記入間違えで松田君の数値だったと判明した。松田君はまだこのことを知らない。

いつ言おうか。

それにしても中性脂肪でこれだけ大騒ぎする私は癌とか宣告されたら、どうなるんだろう。

赤塚不二夫と談志が癌仲間として「おれたちガンファイター!」とおおはしゃぎしていたが、こんなふうに騒ぎたいものだ。
■十二月某日

No.532

『アッコにおまかせ』にサップが出ている。もう人気者ね、ザ・デストロイヤーの道ね。

大晦日は多分猪木祭りの勝ち、紅白は負けるだろう。演歌勢を排除したのが裏目に出るに違いない。紅白は演歌のあのたらたら感があるからいいのだ。

和田アキ子がしきりにサップをレスラーのくせに頭いいと感心していたが、まあレスラーは普通バカだということをいいたかったわけか。

ドキュメンタリー『ガード下酔いどれ人生』を見る。

荒川区に住む40代で定職につかずほとんどアル中状態である息子と70代の母の生活を追ったもので、すでに2回放映されている。今回その息子である鵜浦吉雄氏がこの夏享年50で亡くなったことが知らされる。

この母子のドキュメントのディレクターを担当しているのは松村克弥氏といい、『オールナイトロング』という猟奇映画を撮った監督であり、かつて私を素材にしたニュース映画を事務所まで撮りにきた縁である。

この母子は絶妙のキャラクターだった。
■十二月某日

No.533

最低の精神状態で映画館に向かう。

すべてがむなしいと呟きつつ、イーストウッドの『ブラッド・ワーク』を見る。

素晴らしい!サイコー!マイクル・コナリーの原作だが、まるでその後のダーティーハリーといった趣だ。共演者達がまたいい。特にジェフ・ダニエルズ。こういったキャスティングを見せられるとアメリカの俳優の層の厚さに溜息が洩れる。

なんだかアメリカ映画はジジイのほうが勝手をやってて元気がいい。

これを見るとやはりサム・メンディスなんかその年で『ロード・トュー・パーディション』みたいの撮ってていいのかよお、といいたくなる。

ソダバーグもコーエン兄弟もライミもみんなダメ。

ティム・バートンは少しいいけれど。
■十二月某日

No.534

先週の日乗で松田君の中性脂肪について書いたところ、反響すさまじく、特に松田氏のファンと称する女性から「だいじょうぶでしょうか?」と聞かれて汗をかいた。

皆さん、あれは嘘です。私は嘘つきです。関係者の方々にご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。

そういうわけで調子に乗っていろいろ書いちゃおうっと。

桜美林大学の文化祭で山本チンポを通報した男性というのは平田オリザ氏という噂が!

最近蓮池さんがテレビ出演シーンの多いことから地村さんがひがんでいるという噂が!

永井愛氏が飯島愛、福原愛と都内某所でフェミニズム団体『愛ちゃん会』を結成の噂!

フランケンハイマー『第三帝国の遺産』、イーストウッド『トュルー・クライム』を見る。

イーストウッド、例によって不思議な映画だ。イーストウッドの老年になってのファッションは実に参考になる。70代に何を着ればいいのかということだ。間違ってもジャージは嫌だ。
■十二月某日

No.535

ドイツ文化センターでタールハイマー演出の『エミーリア・ガロッティ』のビデオを見る。見終わって周囲の人々が揃ってこれは川村さん向きではなかったのではないかといってくれたりしたが、そんなことはない、私向きもへったくれもない。私は自分の舞台が激しいものだなどとまったく思っていないのだから。

上映後のパーティーで新野氏、池田氏らからレッシング、クライストについてのインスタント・レクチャーを受ける。

ほろ酔いで帰る。
■十二月某日

No.536

『マイノリティ・リポート』を見る。

スピルバーグはこういうくだらない題材だと俄然いい。『ジョーズ』がそうであったように。

嘔吐棒には大爆笑させられた。あと目玉が転がっていくシーン。とにかくスピルバーグはやたらまじめに映画を撮らないほうがいい。

遅ればせながら『批評空間』が終刊と知ってびっくり。ウエブを開き、いろいろ知る。

しかし論争とか批判とか読んでいると心が寒くなってくる。
■十二月某日

No.537

文学座の『オナー』をほとんどぼんやりとしつつ見に行く。

終わって飲む。
■十二月某日

No.538

和服美人というコピーにさそわれてポカリン記憶舎を下北で初めて見る。

小沼の純ちゃんから新刊『バカラック、ルグラン、ジョビン』が送られてきていてページをいったん開いたとたん、一気に読んでしまった。

少年の頃親しみ、ずっと忘れていたフレーズが次々と蘇り、思わずいちいち口ずさみ、実に幸福感に満たされていく自分を発見していた。

ジョビンはジャズ絡みで今もよく耳にしている、殊に『ゲッツ/ジルベルト』なんざことあるごとに聞いているから、現在も知り合いであるわけだが、バカラック、ルグランか、そうか、メロディは飽きたなどと知ったふうなことを呟きつつ、重要なこの人達を忘れていたと『明日に向かって撃て』の「雨にぬれても」を歌い、追跡シーンのスキャットをバンバンバンと口ずさんだ。

そして、ルグラン!そうです、少年の私は確か『ローマの休日』と『シェルブールの雨傘』によって愛を学んだのであった。

「風のささやき」もよかった。でも極めつけは『おもいでの夏』ね!ロバート・マリガン監督で人妻役のジェニファー・オニールにガキの私は惚れました!

そんなこんなでこの純ちゃん本はいろいろなことを思い起こさせました。しかし懐かしいだけではない、メロディってやつはバカにできないと改めて認識させられた。同様にストーリーというやつも一筋縄ではいかない。つまりストーリーをわかってない人が脱物語を指向してもわかっちゃいないということで、メロディ、ストーリー、イコール保守という図式はあまりに図式的過ぎやしないだろうかという明快さのすがすがしさを喚起させされたというか。
■十二月某日

No.539

と感激していたら当の純ちゃんから、ハッピーバースディのメールカードが届いていた。

今日43歳の誕生日。母親からもメールがあり、この歳に今は亡き父親は初めて脂肪肝で入院し、二週間ほどの禁酒で回復したが、すぐにもとの木阿弥になったということだ。

夕刻、都内某ホテルの某フレンチ・レストランで数十名の悪い仲間が集合し、誕生日を祝ってくれる。女っ気なし。

お返しに新作落語『ふくろう』を一席披露する。まるでうけないのでがっくり。

シングルモルトをがぶ飲みする。

どうやら私は相当騒がしかったらしく、数名が懸命に寝かせようという目論みらしい、やたらとウイスキーを注ぐ。

なんだか和田アキ子になったような気分で泥酔する。
■十二月某日

No.540

ニューヨーク在住の知り合いが去年の正月、東京に帰っていたところ、お年玉代で23万消えたといい、たまらないので今年はニューヨークにいるといって去っていった。

結局今年もまたニューヨークに行けなかったなあ。

ラドン・サウナでじっくり。

No.541〜 バックナンバー

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