彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。

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■九月七日

No.441

日本人にゃんこさんの大道芸。ハンブルグ港。レーパーバーン。アルトナ旧市街地。

20時、ホテルの隣の劇場でサッシャ・ワルツ。場所は違うがこの公演はカンプナーゲルのとりをはる。

おもしろいといえばおもしろいが、つまらないといえばつまらない。どのシーンもどこかで見た気がする。見せ方が上手過ぎる。『珍しいキノコ舞踊団』がピナ・バウシュをやっているような感じ。

「もう完成された舞台なんか見たくないのに」内野氏がつぶやくのが聞こえる。

よくわかる。

しかし作る側は長年やっていればどうしても成熟と完成に向かう時期がある。そうしながらいかに宙ぶらりんの破壊力を兼ね備えるかが大変なのだ。

とにかく内野氏はテンション下がりっぱなしで、明日帰国されるのだが、すぐに東京でパイマン、ペーター・シュタインを見るとかのことで、これでますますテンション下がりそうだと暗い顔で劇場を去っていった。

23時、カンプナーゲルでパーティー。

鴻氏、英語で挨拶。鴻、まさに白鳥になっての晴れ姿!

いろいろな人と会う。

イギリスから来ていたカーディフのディレクターは今年のメルボルンでの私の講演を聞いていたという。

喧騒から離れていたジョンとお別れの挨拶。
■九月八日

No.442

チェックアウト。

ICE、ドイツ版新幹線でカッセルへ。

日曜のせいか車内は混んでいて、しかもスーツケースの前輪が壊れ、四苦八苦。

泣きたくなるが、ハノーファを過ぎたあたりで車内のバーでビールを飲み、ご機嫌治る。

14時半あたり、カッセル着。スーツケースあたまにくる。

15時、駅からすぐのホテル・ライスに着くも、16時チェックインと告げられたので、荷物を預け町に出て美術館の本館まで行ってドクメンタのチケットを買い、近くのレストランでアルトビールとパスタ。

ホテルにチェックインしてドクメンタ、駅内の展示を回る。

駅内のマーケットで買い物をし、駅前の噴水のへりに座って買ったばかりの缶ビールを口にすると、そのあまりに奇天烈な味に奇声を発すると、その様子を見ていたらしい若い浮浪者がそれはレモネードとビールをミックスしたものだと教えてくれる。

口直しに屋台で生ビールを飲む。

ビールばかり飲んでいるが、空気が乾燥しているのでさして酔わず、うまいのである。

しかもドイツの街はどこも公衆便所の数と環境が素晴らしく、頻尿族にとってはまことにうれしい。

オレたち頻尿族。

頻尿族には頻尿カードというのを地球規模で作ってもらって、飛行機の座席は優先的に通路側にしてくれて、カードを提示すると民間の家も便所を貸してくれるということにしていただきたい。
■九月九日

No.443

ドクメンタ漬け。

美術館の本館前で昨日の浮浪者と会う。50セントくれというので1ユーロをあげる。
■九月十日

No.444

テレビでは9・11のことばかり。

12時、チェックアウト。

ドクメンタ漬け。

ついにすべてを見る。

ICEでフランクフルトへ。

17時半ごろ、フランクフルト駅着。

11年ぶりのフランクフルト駅。以前はミュンヘンから辿り着いたのだった。初めての海外公演の後だった。

まことに感慨が深い。

近くのホテル・トパーズにチェックイン。

少し休んでザクセンハウゼン地区にUバーンで向かい、アドルフ・ワグナーという居酒屋でエッペルヴァイン、すなはち、りんご酒を飲む。11年前の味が忘れられないのだ。

食事は豚肉のロースト、シュヴロインスハクセ。

CNNでニューヨークのライヴ。

世俗の夢をたくさん見る。
■九月十一日

No.445

WTCのテロから一年か。

10時45分、ICEでケルンへ。

13時ごろ、ケルン着。

日本文化会館へ。

廊下で大声を上げる日本人がいるので、見ると映像作家にして京都造形大での同僚、伊東高志氏であった。氏は会館で来週開催される六人展のメンバーということだ。

もうお互いびっくり。

同じくメンバーである港千尋氏と初対面の挨拶。

会館を後にして大聖堂、4711。オーデコロンのコロンはケルンのことで、ケルンの水の意であることをここで初めて知らされる。

旧市街のレストランでケルシュというケルンの地ビールを飲み、深く満足する。

ICEでフランクフルトに戻る。20時20分ごろ。

構内でシャンパン、ワイン、ソーセージなどを買い込み、部屋でおいしい夕食。
■九月十二日

No.446

11時、チェックアウト。

東京に向かう。機内で『スパイダーマン』を見るがつまらないのでびっくり。

コニャック飲みすぎて気持ち悪くなる。
■九月十三日

No.447

朝、成田着。

午前中に遊静館着。

午後寝てしまう。

時差ボケになる典型的なパターンである。リトアニアから帰ったときもこうだった。

帰ったその夜は眠れるものの次の日からおかしくなるのである。
■九月十四日

No.448

内臓が眠っている。

原稿書き。

レーザ・アブドゥーの舞台ビデオ『コーテイション』を見る。95年エイズで死んだことを知らず、かつてニューヨークで会おうとしていた私にとって少なからず重要な演出家である。

夜、NHKスペシャル『沈黙の村』を興味深く見る。

夜中、特に3時過ぎごろからオメメパッチリ。
■九月十五日

No.449

雨、冷え冷えとしていて体は眠ったままで、まったく不調。

敬老の日なので田端の祖母に電話。

夜、昨夜に続いてNスペ『強制収容』を見る。テロ後のアメリカにおけるイスラム系移民の強制収容を報じている。レーザはイラン人であり、もし今生存していたらどのような舞台を作っているのかと想像する。

こうした状況下のなかでダウンタウンのオルタナティヴはどういった顔付きでいるのだろうか。マンハッタンにいかなくちゃ。

と思っていたらクワ・パオクンの死去を電話で知り合いから知らされる。

九月十日、午後10時15分、シンガポールの自宅で死去。

去年の12月、その自宅を訪問した際にいただいた自著入りの戯曲集を本棚から取り出し、個人的通夜に入る。

夜中、オメメパッチリで談志を聞く。
■九月十六日

No.450

小雨。寒い。時差ぼけ。眠ったままの身に鞭打って原稿書き。
■九月十七日

No.451

小泉、金会談。

現在これを書いている時点では拉致被害者のうちの四人程度の生存確認の報。
■九月某日

No.452

いろいろな意見、感想はあろうが今回の日朝会談、日本の外交はよくやったと思う。相手の時間稼ぎとしての昼食会を拒否し、日本から持参した弁当で昼食を済ましたというエピソードは単純にいいと思うのだが。

確かに拉致された人々の死亡の報はショッキングだが、ジャーナリズムは情緒一辺倒に流れてはならず、政治家の功績を過少評価してはならない。

どうもこの国は政治家の悪口をいっていれば普通の人みたいな傾向が強すぎる。

と思ったが拉致被害者の家族の人々の会見を見ると、なんともいえなくなる。

有本さんのお父さんの、アメリカと組んで北朝鮮を攻撃すべきだという言葉は重い。被害の当事者にしかわからない感情というものがある。するとやはり今のアメリカの好戦的な態度はアメリカ人にしかわからない感情なのだろうか。

オウムを巡る事件の際、オウムに対して単純な否定の態度をとらない編集方針を貫くことによって上層部と対立し会社を辞めた編集長がいたが、彼は一貫して、もし自分の肉親がサリンで殺されたなかにいてもこうした態度をとるだろうといっていた。ここいらあたりが難しいところだ。

それにしてもアメリカのイラク憎しの態度は異様に見える。

夜、イアン・ケルコフのビデオ二本を見る。あまり感心しない。
■九月某日

No.453

結城座のおかあさん、竹本素京さんの米寿祝公演のパンフレットに小文を書いたお返しにいただいた正絹の保険証、診察券入れはなかなかに素敵で調子がいい。

早くジジイになってこれを持って病院通いなんざしたいものだ。

まだジジイではないが、これを持って病院へ。いうなればジジイの予行演習みたいなものだ。

MRI検査の結果を聞きに行く。担当の医者写真を見たまましばし何もいわないのでびびったが、異常なしとのこと。それなら早く言えよ。

それにしても、今年の夏はいろいろ周囲を騒がせた。

まあ、今回は本当に異常がなかったわけだが、もしこの日乗が続いていて、癌かなんか宣告されたとしたら、きちんと書こうと思う。そいでもって、わたしは癌宣告された男ですといった顔をして街を歩こうと思う。

夜『教授と呼ばれた男』を見る。
■九月某日

No.454

図書館で資料集め。

メルボルンのピーターから来いというメール。
■九月某日

No.455

歯医者。耳鼻科にも通っていて、人間年とってくるといろいろメンテナンスで忙しい。

口あけっぱなしでくたびれる。

結城座の『傾城戀飛脚』を見に東京芸術劇場へ。88歳でほぼ一時間15分、三味線弾きいのうなろうのと、すごいね、脱帽もんだね。

私もこれを目指す。それで友人知人の追悼文を全部書く。しかしまわりがみんな死んじまって自分が死んだときに文章を書いてくれる人がいないのではというのが心配だ。

『屯』へ行き、飲み食いする。ここにもまた愚痴をたらたらいいながらも元気なバアサンがいるわけだ。ビバ!バーサン!
■九月某日

No.456

身内の家の夕食に招かれる。酔っ払う。
■九月某日

No.457

ベネックスの『青い夢の女』を見る。

うーん、かつてトリュフォーやシャプロルがヒッチコックを引用したように学習しようとしているのだろうか?どうも焦点がぼけている気がしてならない。

かつて十数年前パリのベネックスの事務所に遊びにいったことがある。『ベティブルー』の公開後で自信に満ちていて、家政婦のオバサン、猫、十代の愛人などが古い建物の事務所を出入りしていて、それをそのまま映画のように私は見ていた。

なぜか大昔テレビで見たイエジー・スコリモフスキーの『早春』が見たくなった。当時実に感動した。スコリモフスキーは確か『水の中のナイフ』の脚本家だと記憶しているが、ポランスキーより才能がある。

『早春』のビデオ、どこにも見ないな。
■九月某日

No.458

アートスフィアでガーディアン・ガーデンの最終審査。長丁場だったが実にいろいろおもしろかった。いやあ、若者達、みんなそれぞれの立場で真剣に考え、やってるよ。いいと思うよ、俺も君らと同じ時間を過ごして元気が出たよ、演劇はいいよ!当たり前のことだが、演劇の可能性は若者にあるよ、なんて俺ももう中年だな、この言い草。

第三エロチカの若い劇団員も辞めて自分達で劇団作ってゼロからやればいいのに。そういう連中のほうが美しいよ。寄らば大樹の陰のくせに自分が認められていないとかなんとかいつもぐだぐだいってる既成劇団の若者は所詮才能がない。
■九月某日

No.459

早起き。午前中からなんやかやと仕事。

よく働く。

夜『インソムニア』を見る。

こちらも寝不足なので主人公の不眠症のアル・パチーノに深く感情移入してしまい、自分もどこかで人殺しをしていたのではないかという錯覚に襲われながら見終わる。

監督のクリストファー・ノーランは前作『メメント』でもそう感じたが、普通の監督だ。もっとも『インソムニア』も製作がジョージ・クルーニー、ソダバーグで普通の映画でないわけがないか。

アメリカの若い監督達はなぜこうも一様に志が低いのだろうか、サム・メンディスなんかもつまらないことおびただしい。どいつもこいつも金と名声が欲しいだけだ。まあ、俺も両方欲しいけど。

映画も演劇もアメリカのものを参考にしてはだめだぞ、若者!

『ER』は好きだけど。

『おもいっきりテレビ殺人事件・みのもんたの人生相談デカ』の番宣に大爆笑。

おれも『第三エロチカ殺人事件・かわむらたけちゃんティーファクトリー主宰者デカ』というのやろう。宮島が誰かに殺されて吉村が犯人だと思ったらただ宮島が酔っ払った末の事故だったのでした、と思ったら借金まみれで逃亡中の野並の仕業でしたいうやつ。

『心象三人姉妹殺人事件・えっ!まだゾラってやるのかデカ』というのはどうだろう。メンバーの三人の女が殺しあうやつ。

オシリスの澤田さんから緊急ニュースが届く。

『鴻氏、帰途でアムステルダムに寄り、演劇祭の成功をほくそえみながら一人カフェテラスで食事をしていたところ、何人組みかの強盗集団のカモとなり、パソコン、カメラ、めがねふたつなどが入った手荷物のバッグを盗まれるという不条理にあった。ケガはなし』

確か鴻氏は80年代ニューヨーク滞在中にもマスタード強盗からボトルマンまでありとあらゆる種類の強盗に遭ったという。よっぽど強盗に縁がある人だと思うが、行きの飛行機では突如上から荷物が落ちてきて頭に直撃し以来首がおかしいとか言っていた。

この人、実は外国に向いていないのではとも思ってしまうが、人間いいことがあると必ずそれと相当の悪いことがあってすべてがチャラになって進んでいくのが人生であるから、これでいいのだとも思う。まあ、悪いことばかりの人もいるけど。

とにかく私も強盗には気をつけようと深く思った今回の出来事である。
■九月某日

No.460

談志の昭和40年代のひとり会を聞いているが、おまけのCDの談志・円鏡の歌謡合戦がめっぽう面白い。たけしと高田文夫のやりとりのリズムは明らかにこれを意識しているな。

円鏡は円蔵になってからぱっとしなくなってしまったな。

談志はすでにこの頃に自分の落語を完成してしまったのだな。その後にあまりやることなくなって政治家をやったりして、天才の哀しみというやつだな。

高田馬場の駅の公衆便所でまるで手を使わずに放尿しているやつと隣り合わせる。一度メルボルンの空港でこういうおっさんを見たことがある。両手を腰に当てて用を足し、さすがに水を切るときはつまんで、まるで料理の手つきのように一二度振って去るわけだ。今回のやつはこれほど機械的に見事ではないが、つままずに放尿しているのには変わりがない。よくズボンかなにかにひっかけないものだ。

ズホンといえばゲネプロの最中放尿し、考え事をしたままチャックを上げたところ、睾丸の皮をジッパーに噛ませてしまい、大声を上げて身悶えし、ゲネプロを中断させた演出家を知っている。誰であるかは言わない。墓場まで持っていくつもりだ。

公衆便所といえば私はけっこう丹念に落書きを読むほうで最近では遊静館近くの便所に慎ましやかな字体で書かれていた「ぼくはHなひと」というのが心に染みた。

No.461〜480 バックナンバー

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