彷徨亭日乗〜川村毅の日記〜

川村毅
彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。
■九月一日
No.1740

雨。急に涼しくなってからだが動かない。

少し書いただけですぐ疲れる。

小説のゲラが届く。

夕刻、雨が上がったので散歩に行き、ラドンに行く。少し楽になる。

■九月某日
No.1741

秋晴れ。秋晴れは亡き父を思い出させる。

舞台とは死者を想うための装置でもある。

午後になるにつれて猛暑。

ダンボール箱がまだ片付かない。本は概ね整理がついたが、劇団の資料、海外公演の資料、生原稿、私の文章が掲載されている雑誌等々の整理、これを考えると茫漠とした気分に陥るが、猛暑のなか、こつこつとやり、本気で熱中症寸前となる。

全部捨てちゃおうかなと過激なことも考えるが、元来ものを捨てられない性分で、靴下なんて穴があいたぐらいじゃ平気ではくし、パンツなんかゴムがよれよれになってもはいている。別に汚いわけじゃないんだから、いいだろ。新庄なんかパンツは一回はいたら捨てるとか言ってるけど、罰が当たるぞ、パンツがかわいそうだろがっ。

同窓会の平岡君から報告のメールが届く。同じ組でひとりが去年急逝されていると知る。合掌。

■九月某日
No.1742

休日のつもりが、結局ごちょごちょとなんかやっている。

夕方、不意にさみしい心持ちに襲われる。

■九月某日
No.1743

執筆。

気分転換にひさしぶりに荻窪に行き、春木屋でラーメン食べる。この町は大学一年からおよそ七年ほど棲んだ街。やっぱりいいねえ、荻窪。

次にこれまた久しぶりに吉祥寺をぶらっとして帰る。

■九月某日
No.1744

書き物は続くよ、どこまでも。

永井愛さんは書きたくないとき、家の掃除ばかりしているという。

はっと気がつくと、私、クイックル・ワイパーを手にとってやたら床を拭いている。

■九月某日
No.1745

雨。父の命日。

横浜の実家により、入り用になった本を探していたところ、桃源社の澁澤龍彦集成などがあり、他に貴重な蔵書の発見にかつての自分に感心してしまう。そのうちの数冊は、最近また買ってしまったものだった。進歩がないというか、結局自分にとって必要な本は何歳のときでも変わらないという教訓か。

寺山の『スポーツ版裏町人生』(新評社)とかも出てくる。

死の前年の出版で、こんなことを書いている。

「六十年代とは、ガラクタばかり。そして、六十年代とは、ガラクタのもっとも光り輝いていた時代でもあったのだ」

そして後書きのタイトルは『この道はいつか来た道』といい、自分の死を予感しているような文章だ。深い。

その後、祖母と会う。今年の秋で92歳。

その後、二俣川戯曲講座。いよいよ佳境だ。

■九月某日
No.1746

執筆。

それにしても上戸彩ちゃんの『下北サンデーズ』だめだったね。あれで劇団ブームまた起こるかなとも思ったんだが。

それにしても三井のリハウスのCMで、新居にお父さんの書斎をっていの一番にお願いする娘ってのが出てくるけど、あんな娘いるかね?

それにしても茨城の私大のオープンキャンパスの折り、うっかり自演のハメハメビデオを流してしまって降格になった学部長のニュース、肝に銘じて置かなければって、何をどう肝に銘じるのかわからないが、学内で撮った自演AVって何なんだろね。50歳代だから相手はたぶん奥さんじゃないだろうから、そっちのほうがけっこう騒動じゃないの。あるいは若い奥さんが出演していたということもあり得るが。いずれにせよ、みんな気をつけよう。

■九月某日
No.1747

午後より京都入り。

それにしてもパリス・ヒルトン、飲酒運転で逮捕ってまたやってくれてるよなあ、ネーチャン。こういうのと馬鹿騒ぎしたい。辟易するだろうなあ。勘定はパリス持ちってことで。

京都で会談。

その後、千本中立売の飲み屋へ。

■九月某日
No.1748

新学科の事務の人を決めるので午前より面接。

例によって京都の暑さは半端でない。じっとしているだけで体の芯まで応える。ほとんどバテる。

その後、帰京し、打ち合わせ二件。

■九月某日
No.1749

暑い。くたびれて何もしない。買い物はしたけど。

夜、焼き鳥買ってきて食べる。

■九月某日
No.1750

執筆。

新宿でブニュエルのDVDボックスなどを買う。『砂漠のシモン』、『ナサリン』、『河と死』などが収録されている垂涎ものだ。

その後、打ち合わせ一件。

帰り、焼き肉を食べる。

■九月某日
No.1751

雨で寒し。

執筆。執筆。執筆。

■九月某日
No.1752

『黒いぬ』初稿完成。これでしばし寝かせておく。

それにしてもNOVAのCMで英語がわからないから外国人助けてあげられないって、見りゃ状況わかるだろう、助けてやれよ。

■九月某日
No.1753

佐藤優の『自壊する帝国』読了。おもしろい。

ロシア文学の手引きにもなり、ソ連邦崩壊直前のバルト三国のくだりでは、独立後すぐに開催され、我々が招かれたビリニュスの演劇祭について思い出した。

初めて降り立ったラトビア、リガ空港の衝撃。初めて接する社会主義国の空気。正確に言えば独立後だからそうではないのだが、資本主義国家とはまったく違う人の振る舞い、顔つき。ラトビアとリトアニアの国境でやたらエキセントリックに銃で威嚇する若いラトビアの兵士。街に街灯というものがなく、夜は文字通り真っ暗闇だったビリニュス。そして、エストニア、ターリン。フィンランドに近いその地でやっと冷たいビールが飲めたのだった。こういったことがまざまざと思い起こされた。

それにしても本を整理していてアンリ・トロワイヤの『チェーホフ伝』が探しても見あたらないのは、捨ててしまったのではないかとはたと気がついた。他に数冊あるはずだったものがないのも、その著者に対して怒り心頭に発して恐らく癇癪に身を任せて捨ててしまったのだ。

『チェーホフ伝』には怒ったというより、当時二十歳代自分はチェホフのような作家にはなるまいという決意から、おもしろくて熟読してたものの、捨てたのだと思う。その証拠として『ドストエフスキー伝』はあるのだ。完全にドストエフスキー派だったのだな。『チェーホフ伝』捨てなければよかった。

捨てるといえば、かつて小説家のK氏が、自分の小説をくさしている評論が掲載された文芸誌に激怒し、それまであったバックナンバーすべてを捨て去ったと聞いたことがある。雑誌に当たっても仕方ないと思うが。

そういえば、自分の作品をくさした作家の本を本屋で見つけ、手にとってタイトルを裏にして戻し、「ざまーみろ」とつぶやき、矢庭にそうする自分にひゅーとすきま風が吹くという漫画が相原コージのものであったなあ。

二俣川の戯曲が送られてくる。

夜、新宿で打ち合わせ。

■九月某日
No.1754

ブニュエルの『ナサリン』を見る。

二俣川。

夜、実家で以前の戯曲の生原稿を整理していたところ、出版、活字化されていない初期のものすべてが見つかり、ほっとする。

19歳の時、明大劇研で上演した『アスファルト戦争』の原稿も見つかる。400字詰め原稿用紙で92枚。きれいに保存してあった。

それを読み始めて、最後まで読んだのだが、自分でいうのも何だが、おもしろい。大学でやったりしたらいいかも知れないなどと思う。

■九月某日
No.1755

二俣川戯曲講座。発表。

五大さん、俳優座の大庭さん、伊澤とわいわいリーディングやり、実におもしろかった。

■九月某日
No.1756

九時半、人形町へ。大学の東京サテライトでの入試説明会、要するに東京版オープンキャンパスね。

そこでばったり二十数年ぶりに映像作家・加藤到氏と会う。加藤氏にはかつて『ジェノサイド』の映像部分を手伝ってもらったりしたのだ。氏は今は京都の姉妹校である山形の大学で教えているのだという。

17時終了。

■九月某日
No.1757

いろいろ雑事に忙殺される。

実家から見つけて持ってきた小林信彦の中原弓彦名義の『喜劇の王様たち』を読む。昭和38年に初版のもので、かつて古本屋で購入したと記憶する。

めっぽうおもしろいのであっという間に読み終えてしまう。

■九月某日
No.1758

とうに締め切りの過ぎているシノプシスを書く。

■九月某日
No.1759

小学校、中学校、高校の通信簿が出てきて見たのだが、担任の所見でやたら「もっとリーダーシップをとれ」みたいのがあるのだが、余計なお世話だとむかむかしてきた。

こっちはいろいろ考えることもあって学校なんざ所詮自分の生活と人生のなかでは重要とは思っていないのだから、ほっといてくれと言いたい。別に自慢じゃないのだが、へたに勉強ができる生徒にはすぐ無責任にリーダーシップとか担任や親は言う。こちとらだってやること考えること多いんだよ、ほっといてくれ、と思い出し怒りをしばしする。

なにか基本的に幼少時、学校というものにはひどい目にあったという印象が強い。

テレビで「おすぎさんは体温が異様に高い」というコメントにタモリが「釜だからねえ」と言ったのに思わず大笑い。

それにしても昔のもう使い物にもならないガイドブックが捨てられないのは、今はもうない航空機アンカレッジ経由の案内が乗っていたり、ニューヨークのそれにはしっかりワールド・トレード・センターが載っていたりするからなのだ。今はもうぼろぼろになってしまったベタな土産物屋で買ったTシャツにもツインタワーの図がプリントされていて、やはり無闇に捨てられない。

違う回路だが、一方でクアラルンプールで買ったビン・ラディン・カレンダーもまた捨てられない。

■九月某日
No.1760

夜の西武新宿線。

新宿から乗ると、ドア付近に立つ30代とおぼしき女が、「近づくな」とか「この車両には乗らないで」とか「うつるわよ」とか言って周囲を威嚇している。

誰かが駅員に通報したらしく高田馬場で駅員が「降りてください」と促すと、

「病気がうつるので私を隔離してください」と言う。

駅員が「隔離はちょっと」となだめている。

ここで気がついたのだが、女は片手にハサミを持っている。

これはシャレにならない。

昔の国鉄の駅員だったら、降りた降りたと乱暴に扱っているところだろうが、この時代、そうはできないだろうから、駅員さんも大変だ。

とにかく女は降りようとせず、十分近く馬場で停車する。

いかにも現代の光景、女が乗ったまま急行が発車したのを想像すると、怖い。

■九月某日
No.1761

ひさしぶりにのんびりとした気分で、三宝寺池まで自転車で飛ばし、池の側の豊島屋で生ビールとラーメン。

そこにやってきた50絡みの男と帽子を被った赤い服の女のカップルに目がいってしまう。

男はネクタイを締め、禿頭。女は髪を金髪に染めて肌が白く、欧米人のハーフかクァーターかという顔立ちをしている。

当初ふたりは乳母車を引いた若夫婦と一緒に入ってきたので、てっきり同じ集団かと思い、禿頭の男はじいさんかとも思ったのだが、二手に分かれたので、この禿頭男と美女に興味が湧いた。

男は中小の社長かやくざか。女は帽子を取ると、けっこう年がいっていることがわかり、といっても30代だろうが、恐らく愛人だろう。ホステスということはないだろう、金髪に染めたホステスがいるだろうか、いや、髪は地毛だろうかと思い、観察すると生え際は黒いので、やはり染めている。

などと考えつつ、ちらちら見つつラーメンを食べる。観察癖である。

結論は禿頭絶倫とその愛人。間違えてたらごめん。

■九月某日
No.1762

執筆。

その後、ブニュエル『砂漠のシモン』を見る。

■九月某日
No.1763

ああ、例によって夏の疲れがどっときている。

思えば、『リハーサル』、『黒いぬ』等々の執筆。引っ越しとその片付け、もっとも片付けはまだ完了していないが、怒濤の八月、九月だった。

調子悪し。

ジンネマン『日曜日には鼠を殺せ』

アルドリッチ『キッスで殺せ!』、『北国の帝王』

と三本、立て続けに見てしまう。

■九月某日
No.1764

黒沢清の新作『LOFT』を見る。

おもしろい。

森の一軒家はジョルジュ・フランジュやらクルーゾーを思い起こさせ、ラストの見事な切断、宙づりはイタリアン・ホラー。

というか、物語の切断は本人の『神田川淫乱戦争』、宙づりは『CURE』の再びとも言える。しっかし台詞のくささもなんとも言えない魅力だ。

■九月某日
No.1765

安倍晋三の施政方針演説を聞いたが、やたら意味のない英語が多く、ルー大柴さんを思い出してしまった。

「美しい国づくり内閣」ってなんだかそこいらの高校の生徒会みたいだな。安倍って人も生徒会長どまりの器じゃないのか。

恵比寿でウディ・アレンの『マッチポイント』を見る。

いやはや多くの体験と苦労を積んでないと出てこない台詞、ストーリーだよなあ。心底怖かったなあ。

そういうわけでウディ・アレンの戯曲を読む。

邦訳されているのでは『浮気を終わらせる3つの方法』の一幕物の三編、ことに『オールド・セイブルック』が圧倒的におもしろい。

『漂う電球』はファースではなく、叙情だ。それもそれでいいのだが、あまりおもしろくはない。

■九月某日
No.1766

丹波哲郎氏、死去。かつて『砂の器』、松竹撮影所でいただいたサインのことを思い出す。

夜、川島雄三『しとやかな獣』。

家の便器にお尻洗浄機を取り付ける。ウォシュレットではないのだよ。この名前はTOTOのものだけに使うのだよ。私のはナショナルだから違うのだよ。ビューティ・トワレってんだ。

お尻環境、快適。

■九月某日
No.1767

『黒いぬ』、完成。とりあえず。

■九月某日
No.1768

オープン・キャンパスのために京都入り。

夜、遊ぼうかとも思ったが、疲労濃く、ホテルでK−1を見る。

所詮、格闘技に関してはアマチュアなので、KOのない試合ばかりでまるでおもしろくない。

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