彷徨亭日乗〜川村毅の日記〜

川村毅
彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。
■六月某日
No.1655

授業。

会議。

ホテルで小説のゲラチェックしようと思うが、かなわず、寿司食って寝る。

■六月某日
No.1656

大学で午前中の授業を二、三見学。

帰京。

文学座アトリエへ。

装置が建てられたなかで稽古。

取材のインタビューを受ける。

稽古を見る。

稽古後、アトリエで飲み食い。

■六月某日
No.1657

都内でいろいろ用事。

昨日アトリエで感じていて言い忘れたことを演出家に電話で伝える。

がんばれ、タカハシ。

その後、原稿書き。

なんか最近慣れないことに多く携わっていて疲労感強し。

■六月某日
No.1658

村上世彰の記者会見。

「聞いちゃったんです」か。

できちゃった結婚ならぬ、聞いちゃったインサイダーってわけだ。

ゲラ、チェック。

同時に執筆開始。

■六月某日
No.1659

なんやかんやと用事。

歯医者。これにて終了。

夜、京都入り。

テレビでたかじんとか見ながら寝る。

■六月某日
No.1660

午前中、糺の森近辺を散歩中、私が戯曲のなかで好んで書く老婆のイメージそのままの老女と出くわす。身震いがした。彼女はセロテープを貼った玄関の戸を開き、地面を杖でとんとんと突きながら朝の空気を吸っていた。

高貴にして鬼気迫るその姿。

観世さんの授業を見学する。お元気に『綾の鼓』の指導をなさっていた。なにやら感動した。

自分の授業。

会議。

千本中立売で一杯やる。サービスでトウモロコシを汁状にしたものと煮こごりをいただく。

■六月某日
No.1661

昨日の老女にまた会いたいとも思ったが、色々あるので学校に直行。

打ち合わせなどなど。

授業。

会議。

帰京。

■六月某日
No.1662

銀行で用事。

アトリエで稽古につきあう。

帰り、新宿信濃屋でシングルモルトを買って歩いていると職務質問で呼び止められる。なんで、おれがっと大いにショックを受ける。

帰って、なんでおれが鞄の中身を調べられるんだと、頭にきながら飲む。

それにしても駐禁の法律の改正といい、日本、おかしいぞ。世間にもんやりと漂っているプチ・ナショナリズムが国家、警察権力の傲慢な行使をいつのまにやら増長させているのではないか。

つまり、生きにくい世の中は、突然そうなるのではなくて、実は国民が許容し、静かに後押ししているのではないかということだ。

被害者になったときは、警察もっとびしびし取り締まれといしうわけだし、この世は本当にわからなくなってきた。

■六月某日
No.1663
ほんっとボクシングの亀田兄弟、親子、嫌だっ。

拳闘ってのは、泥臭く同時に高貴なもののはずなのだが、こいつらのはただただ泥臭く、品性に欠ける。

負けてくれた相手に敬意がない。試合後、なんか変な大きな数珠みたいの首に掛けて、歌ってんじゃねえや。

ピストン堀口が勝ってリングでピストン運動始めたらどうすんだよっ。それと同じだろがっ。って同じじゃないか。

この連中をわいわい取り上げる連中も嫌だし、キャーキャーいってる女子とは、つきあってくれといわれてもつきあわない。いわれないだろうけど。

ついでに新庄のパフォーマンスも嫌いだ。慎みというものがない。

まあ、あまり人の悪口を書くのはやめよう。最近とみにこの日乗、各方面から注目されているらしく、国家機密工作員、裏社会、CIAからFBI、KCIAの方々からのアクセスもあるらしいということで。くわばらくわばら。

そういうわけで、アトリエに向かい、稽古を見て、みなさんになんやかんやと意見いったりする。

帰ってきて、多くの日本人と同様にサッカーW杯日本、オーストラリア戦をごはんを食べながら観戦するが、ずっこけにずっこけて消化が悪いことおびただしい。

まあ、要するに実力がまだ不安定ということなんだな。

でも不安定だから妙な奇跡も起こしそうなわけで、クロアチア、ブラジルに勝っちゃりしてね。

それで力尽きて終わり、と。

■六月某日
No.1664
朗報あり。

終日、執筆。

いよいよ『せりふの時代』で私の小説『リハーサル』の連載第一回が始まる。

■六月某日
No.1665
アトリエの第一回のゲネにつきあう。

わいわいと色々言う。

帰ってきたら、母校希望ヶ丘高校の同期から八月の同窓会のお知らせがきている。

クラス単位でなく、学年の大同窓会で、横浜山下公園で氷川丸貸し切りか、もしくはホテル・ニュー・グランド、あるいは海中でみんなアクラアングをつけて趣向を凝らすらしい。

おれ、行くぞ。希望ヶ丘高校のおれの同期、みんな参加しようぜい。って要望通り、この日乗でちゃんと宣伝したよ、幹事の平岡君。

■六月某日
No.1666
第二回のゲネ。

第三回のゲネにつきあう。

高橋くんって埴輪顔、土偶顔してほんっと頑固だ。

愛情もっていってんだから、これぐらいでクレームつけないでね、文学座さん。

■六月某日
No.1667
突然だがテレビで犬嫌いの人のことを特集していて笠木を思い出した。

笠木というのは大の犬嫌いで、犬が近くに現れると、わーわー騒ぐのだが、その笠木の顔はほんっと怖い。犬も怖がっていると思う。

初日である。これを書いているのは昼間で、夜いよいよ開幕であーる。

■六月某日
No.1668

初日。

瞠目すべき出来。ゲネを三回見たが、これまででいっとういい。

お客さんの反応を得ることによって俳優の演技に生気が入れ込まれ、舞台が活発な呼吸をし始めた。

勝也さんをはじめとする俳優さんたち、演出の高橋君をはじめとするスタッフたちに本当に感謝したい。

終演。拍手が続き、ダブルコール。

初日の乾杯。自分で差し入れしたスパークリングワインをがぶがぶ飲む。

帰ろうとアトリエの玄関を出ると、外は大雨。でもこんな夜はこの雨が苦にならない。

■六月某日
No.1669

初日と反応の差異があるかどうか確かめるためマチネを見る。

変わらないことを確認する。

帰宅してクロアチア戦を見る。

■六月某日
No.1670

休日とする。

北山公園で菖蒲を見る。

近くの手打ちうどんやで温玉うどんなどを食べる。こしがあっておいしい。

帰って夕飯中、むかっとする情報が入り、食事中わいわい怒り出す。こういう自分が心底情けない。

それにしてもW杯、まだ日本チームに奇跡が起こるかもとか、日本のジャーナリズムはほんっと甘いっていうか、現実を見ようとしないというか、ゆるい。

■六月某日
No.1671

都内で打ち合わせ二件。

湿気のせいか、体だるく、重く、まるで調子が出ない。

アトリエをのぞき、京都へ。

あまりに元気が出ないので、駅近くの飲食街のうなぎやに入り、鰻重を食べる。

■六月某日
No.1672

午前中、大学で会議二件。

授業。

夕方、また会議。

稽古をのぞく。

おとなしくホテルに戻ってとっとと寝る。

■六月某日
No.1673

午前中、円町の病院で生活習慣病、動脈の検査。

異常なし。血液採取による値も異常なく、実にきれいな数値だ。ここ数年でいっとういい数値だ。いったい何がよかったのか、考えてみようと思う。

授業。

会議。

ああ、もう色々中身が濃すぎる日々。初体験のことが多く、困惑の日々。

帰京。

帰宅途中、近所の酒屋のにいちゃんと今晩のブラジル戦を見るかどうか語り合う。

おれは見ない、勝ち目ない。

■六月某日
No.1674

起床し、日本がブラジルに馬鹿負けしたのを知る。

これが今の実力だ。

午後アトリエに向かう。

劇のなかの登場人物のモデルである映画監督A氏、W氏が来場すると聞いたので。

挨拶するために。

あと、おれはこんなんじゃねーぞ、とか怒ったらまずいので。

二幕が始まった頃、アトリエに着き、楽屋に行くと、俳優たちもやはり二氏の動向が気になってるらしく、袖のあたりから皆表情をのぞき、あそこで笑ってたとか、にこにこして見てるとか色々情報があり、ひとまずほっとする。

だが、予断は許さないので、私は色々な事態を想定して、どうしようかとか考えている。いきなり、胸ぐらつかまれたらいかにしようとか。

とにかく、俳優たちも生きている人をその本人の前で演じるというのは初めてということで、なんとなく楽屋も緊迫しているのだ。

終演する。二氏、微笑みつつ出てくる。挨拶する。ほっとする。

勝也さんから八十年代の状況劇場『少女仮面』のビデオをもらう。私が老婆役で客演しているものである。川村毅が確か26歳かそこらの頃だろうか、見るのがこわい。

楽屋で飲む。

シェフ高瀬さんが、枝豆、豆腐などを持ってきてくれる。枝豆は実に適切なゆで具合で、北海道産の豆腐、濃くておいしい。

■六月某日
No.1675

アトリエで終演後の交流会。

その後、編集者と待ち合わせて新宿のナジャへ。

なんと、今日でナジャが閉店なのであーる。先週、そのことを聞いて驚いた。

今日、四十年の歴史を閉じるのであーる。

私は八十年代、二十歳代、本当に世話になった。

マスターは言わずと知れた安保さんであーる。

浄土真宗の坊主になった川西蘭と数年ぶりに再会する。

川西はすっかり酒を断った。それでもウーロン茶で以前と同じようによくしゃべる。

林海象ともばったり。ここぞとばかりお互い、大学のことでぼやきまくる。

それを聞いていた川西が的確なコメントをよこし、羽柴は「川村さん、むいてないんじゃないの」とぽつり。むいてるわけねーっての。でもやるしかねーっての。

そうこうするうちに店内は人であふれかえる。

四谷シモン氏とも、これもまた久々に会い、挨拶。

立ち飲み者続出で、席を譲り、十時頃、ご祝儀置いて帰る。

■六月某日
No.1676

雑用。

スパイク・リー『インサイド・マン』を見る。

話、シナリオは相当おもしろいのだが、いつもそうなのだが、どうもスパイク・リーは乗れない。この映像のリズム感のなさはどうしたことだろう。

突然だが、ゴール外してにやにやしてるようだから、日本のサッカーはだめなんだよっ!

■六月某日
No.1677

高田馬場で契約成立。

京都に向かう。

京都駅で鯖寿司買ってホテルで食べる。

■六月某日
No.1678

『怪奇大作戦』完成に向けて一時から十時まで稽古。

でもまだ出来ず。

■六月某日
No.1679

『怪奇大作戦』、まだまだ。

そして会議。また会議。

なんかながーい一日。

ホテルの一階の焼き肉屋でひとりで生ビールを飲み、肉を焼く。

■六月某日
No.1680

帰京。

帰りの新幹線、三人掛けの真ん中にやたら図体のでかい会社員らしき男が座り、座席の両肘掛けを占領し、『ハリー・ポッター』を熟読していて、その圧迫感で、男のいるほうの右半身が凝ってしまった。

こちらは志ん生のムックを読んでいたのだが、このでかいハリポタ男の気配で集中できず。

帰って『en-taxi』のリニューアル号を手にする。

いやはや巻頭の談志と石原慎太郎の対談が傑作。三木のり平のエピソード、話は深い。

芸、芸術は確かに押してばかりではつまらないのだ。

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