彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。
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■十月某日 No.1451
京都へ。

いろいろ面談。対談。夜まで。

■十月某日 No.1452
下鴨神社から出町柳に出て四条へ。

錦市場をひっかけて、イノダコーヒーでジャーマンとモンブラン。モンブランが品切れと告げられて残っているケーキ類を見せられるが逡巡の末、いらないというとその数分後「モンブラン一個残ってました」と出される。他の選ばなくてよかった。店の誰かが食べようとしてキープしていたのだろうか。

夜、いろいろ会談。

飲み屋で赤ワインを追加したところ、もうないというので焼酎に変えると、数分後「一本ありました」と出される。後で店の人が飲もうとキープしていたのだろうか。

不思議な一日だ。

■十月某日

No.1453

帰京。

歯医者。口を長く開けているのがくたびれて仕方なく、「開いて開いて」と始終言われる。

途中で休めない治療なのだ。

「がんばってください」という医師の言葉に「がんばります」

■十月某日 No.1454
近所の温泉へ。

マッサージも受ける。背中がぎとぎとに凝っていると告げられる。

■十月某日 No.1455
神保町で編集会議。

その後、同じ町で違う打ち合わせ。

その後、執筆。

くたびれきってへろへろ。

夜中、テレビで長州小力が長州力と初めて会うという番組を見て、深く満足する。

■十一月一日 No.1456
『さようなら、私の本よ!』読了。

いやはやおもしろい。老人の作家としてこうした思考から自らの老いに向き合ったのは、この作家が初めてだろうし、こうした乗り越え方は本当に独自で不思議だ。誰も真似できないのではないか。

演出家は老いとどういう向き合い方があるだろうか、むしろ蜷川さんや鈴木さんの愚行が聞きたい。

ところで、唐さんの上演がもう終わりそうだが、今旦那人気者だから見に行かなくてもいいやな。

しかも最近ほんっと観劇後のテント飲みに辟易してしまっている。唐さんや劇団員とは話したいのだが、他に、こんなところでなければ絶対会話はしないだろうと思われる人々とそれなりに愛想いい顔をして話さなければならないからねえ、それがねえけっこう疲れるのよねえ。

執筆後、近くの本屋をひっかけて小林信彦の『昭和の東京、平成の東京』を買い、ちょいと読むと止まらなくなり、読了。氏とはまるで世代は違うが深く共感する。

開発と野心丸出しのがさつな他県出身者によってずたずたにされた東京への思いだ。小林氏がかつて寺山修司を嫌っていた理由もここいらあたりにあるのではないだろうか。

■十一月某日 No.1457
都内某所で打ち合わせ。

二俣川へ。

本屋で小林氏の新刊『東京少年』など購入。

高田馬場の焼き鳥屋でいっぱいやって帰る。

■十一月某日 No.1458
古本まつりでギリシャ・ローマ神話の本など数冊を購入。
■十一月某日 No.1459
和泉元彌のハッスル・デビューは成功だろう。なんせ東スポの一面を二日飾ったんだから。確実にプロレスはアメリカンプロレスに移行していくだろう。歌舞伎もさらに万人向けのショー化がなされ、芸の渋さがどんどん姿を消していくだろう。

プロレスの場合、ある種の苦さが消えていくんだな。

新作100枚に行き着いたところで小休止しよう。

『見沢知廉氏を偲ぶ会』に行く。

人とあまり会話する気分でないので、どうしようかとも思ったが、彼の追悼を私なりに果たしたいし、快晴で体も楽なので赴く。

島田雅彦氏、福田和也氏、庚氏らとひさびさに会う。

遺影のなかの見沢氏を見るうちに涙があふれる。

私は彼をモデルにした『オイディプスWHY?』という劇を書き、上演している。

劇の前後にはよく彼と会っていた。風花に最初に連れて行ったのは私だ。

母堂に挨拶できて本当に良かった。

見沢は当時、自分のことが劇になるといって本当に喜んでいたという。よかった。

母親には生々しいシーンがあるから見ないほうがいいと言っていたという。だからこのお母様は劇を見ていない。

発起人の島田の挨拶。

作家というものは人前ではどうであれ、誰一人自分を幸福とは思っていない、不幸だと思いつつ生き続ける者、という言葉は身に染みた。

さして飲まずに帰る。

■十一月某日 No.1460
五反田の浅井企画で飯尾氏としばし話す。その後、川岸専務としゃべる。

『TAKESHIS'』を見る。

長い本人のプロモーション映画。

ほめることもけなすこともできるものだが、これがヒットするわけがない。

まさか北野監督、デビット・リンチか鈴木清順を学習したなんて裏はないだろな。なんかメビウスの輪的迷宮の現出の仕方がいまいち稚拙なんだな。

しかし私は支持する。

■十一月某日 No.1461
執筆。

途中で『フクロウの賭け』のチラシデザインなどのチェック。

ぐったり疲れる。

花園神社の酉の市へ。

七福神と小判と大入りの板が刺さった船を買う。

本当に来年は繁盛してくれないと。祈る、祈る。

■十一月某日 No.1462
ブルーノ・ガンツがヒトラーを演じる映画『ヒトラー 〜最期の12日間〜』を都内の映画館で検索したところ、唯一上野で上映していて、問い合わせたところ電話の応対が実に気持ちいいので、上野スタームービーに向かう。

不忍池のそばに建つこの映画館、上がなんと入場料金五百円のピンク映画の二本立てなのだが、周辺も内部も昔の名画座の風情で実にいい! この映画館、これからひいきにしたい!

映画は70年代に多く作られた第二次大戦物の作りで、真摯なまっとうさに貫かれている。

ドイツ映画だから当たり前のことだが、なにより英語をしゃべってないのがいい。

この手の戦争映画は概ねハリウッド製作でアメリカ人俳優がナチの軍服を着て英語をしゃべる。それがほんと嫌だ。

因みにおととい『SAYURI』の予告編を見たが、京都の舞妓さんたちが京都でみんなぺらぺら英語しゃべってやんの。あー嫌だ、だからアメリカ人は嫌われるんだよ。カウボーイが日本人で日本語しゃべるとぎゃーぎゃー文句いうくせによ。

どうも基本的にやっぱりスピルバーグって人は気に食わない。

映画を見終えて「じゅらく」で生ビールに電気ブランにミートソースという不思議なメニューを注文する。

こうした組み合わせが、ここ「じゅらく」にはよく似合う。大好きな場所だ。

せっかくここまで来たのだから浅草の酉の市をひっかけるかと向かうが、国際通りの途中からすでに人の波で動けないので、諦めて帰る。

■十一月某日 No.1463
三茶で来週のリーディングの打ち合わせ。

来週は『赤いくつ』の上映会もあるし、ちょろちょろと忙しい。

リーディング及び上映会の詳細はホームページのトップを見てね。

執筆。夜中まで。

■十一月某日 No.1464
郵送されてきた京都造形大の学内機関紙『瓜生通信』を見て呆然。

原稿の名前が河村と記載されている。やれやれ。

■十一月某日 No.1465
新宿、隋園別館でひさしぶりに夕食をとる。合菜、子羊の串焼き、豆腐と海老のとろり煮、玉蜀黍スープなど。食べ過ぎる。
■十一月某日 No.1466
14時、『フクロウの賭け』、キャスト顔合わせ。今日は江守さんが来られないので、私が代役で一度読む。

次、舞台の上で場当りを兼ねて途中まで読む。私が代役する黒川役はせりふが多く、ぐったり。本気で本番まずいなと思う。

19時、本番。

高橋さん、飯尾さんとは初めてなのだが、実によかった。

リーディング後、アフタートークなのだが、パフォーマーとして演じた後のトークというのはなぜかどこか恥ずかしくて仕方がない。しかも書いたのは私であるのだからますます恥ずかしい。前説、リーディング、トークと全部自分でやっていて、ほんと恥ずかしい。しかも俳優モードが抜けきらないままにトークをするとなんか思ってもいない余計なことをいいそうで自分が怖い。自分ではぼそぼそとしゃべっていたつもり。

終演後、来場していたお客さんたちと飲む。

「本番はえなりさんなの」

と聞くダンサー約一名。この人「江守さん」を「えなりさん」と聞き間違え、「えなりかずき」がやるものと思っていたという。いろいろな人がいるものだ。ほんっと世の中って怖いっ。

■十一月某日 No.1467
昨日は飲みすぎた。終日ぐだぐだ。
■十一月某日 No.1468
二月の公演に使用する映像撮影のため、横浜、野毛から大岡川沿いを日の出町、黄金町、山下公園と行く。

驚くなかれ、八ミリのシングルエイトでである。十代の頃、シングルエイトは使用していた。今回のは舞台監督の村田さんが見つけてきたもの。

17時、二俣川でタウン誌の取材。

18時、戯曲講座。

■十一月某日 No.1469
京都入り。

会談後、『赤いくつ』上映会。

■十一月某日 No.1470
今年は冷え込み不足のため、紅葉がいまいち。

永観堂、南禅寺を回り、哲学の道を歩く。

午後より上映会に赴き、『悪霊』を見る。今見ると丁寧に撮っているのに気づく。俳優達はへったくそだ。台詞を理解せずに言っているから聞いているほうにまるで伝わって来ない。でもよくできてるよな。

次に『It's a Show Time』。『フリークス』の稽古場を素材にした作品。まあ、第三エロチカの八十年代の雰囲気が実によく伝わってくる。ようするに私はほんっと猛獣使いだったのだな。否定的に言うわけではなく、この状況が長年続くわけがなく、また続いてもいけないわけだ。

みんな若かったよな。

『赤いくつ』を見て、近所の豆腐屋で夕食。

■十一月某日 No.1471
貴船神社。

行きの叡電は人でむぎゅむぎゅで一気に機嫌が悪くなる。

鞍馬に出てくらま温泉に浸かる。

帰りの叡電は途中紅葉のトンネルで全両が消灯され、ライトアップの紅葉を見る趣向。なかなか。

■十一月某日 No.1472
執筆。

夜、歯医者。ここの歯医者さん、若い人だけど腕いいわ。だからいつも予約いっぱいなんだ。

■十一月某日 No.1473
美術の島さん邸で打ち合わせ後、横浜へ。

二俣川での講義後、横浜駅五番街の居酒屋でいっぱいやり、串焼き、豆腐、おでんなどを食べる。

それから実家鶴ヶ峰に行く。

明日は二俣川のリーディングなわけだが、こうしているとハマッコとしての自覚が蘇り、横浜原住民の血が騒ぐ。だからなんだってわけではないが、今回の講座六人、高1の細野さん、小塚さん、二十歳代の小島さん、一柳君、網谷君、去年に続いての波多野君、それぞれ違う作品を書き、けっこうおもしろいのだ。

一柳、波多野、網谷は希望ヶ丘高校出身、つまり私の直系の後輩であり、三人ともいいやつで頭がいい。やっぱり希望ヶ丘だな。やい、希望ヶ丘高校、『ワタミ』の社長渡邉美樹ばかりに興味持ってないで、おれにも注目せい。

そう、ワタミの青年社長で昨今やたらテレビに出ている渡邉美樹氏は高校で私と同学年で美樹は私の親友だったKのマブダチで高2の時隣のクラスだった。

当時から目立ちたがり屋だったよ。口がうまいんだよな。あまり人のこと言えないけど。

Kは美樹についていくといって、言葉どおり美樹が立ち上げた会社に加わったのだが、まだそこにいるのかな。

■十一月某日

No.1474

正午入りでリーディングのリハ。笠木、伊澤に去年に続いて香月さんと初対面の池津さん。その場で配役を決めて、一回読み、すぐに本番。

なかなかよかったと思う。

まだまだリーディングに初めて対するという人もいて、こんなにおもしろいもんなのかという声などあり、うれしい。

こういうことが演劇にとって重要なんだよ。自己中心的な理窟家たちにはわからないだろうが。って別に誰って想定してるわけではありませんが。

終わって楽屋で打ち上げ。

いやあ、去年もそうだったけど、ほんとこれ終わるとやってよかったと思う。

帰りの新宿のホームで文学座の伊藤さんにばったり会い、びっくり。

■十一月某日

No.1475

それにしてもさすがに疲れた。

今日は休日。なにもしない。

■十一月某日 No.1476
先週書き忘れたのだが、南禅寺に行ってここが以前白角のコマーシャルを撮影した寺だと思い出した。

わたくし、イントレの上で織田信長に扮し、鹿賀丈史氏とあわびを肴に白角を飲むという共演をしたのであった。

二月の撮影で寒く、トイレは鹿賀さんのトレーラーのなかのを何回も借りて顰蹙買ってた。

ところでこれも先週書き忘れたのだが、二俣川のリーディングで出されたお弁当が崎陽軒のシューマイ弁当で、ワーイひさしぶりのシューマイ弁当だと本番前に掻き込み、リーディング中と終了後、胸焼けがして困った。

ビバ、ヨコハマ! シューマイはやっぱり崎陽軒!

■十一月某日 No.1477
『毒の香り』を見て呆然。

最近本公演では、やたら小説家に戯曲を書かせるが、こういう路線が好きな人が座にいるのかな。

小説家にそうそう簡単に戯曲が書けるものではなかろうに。

夜、早稲田に中村福助氏演出、ポール・クローデル作の『女と影』の稽古に向かう。

わたくし、演出協力というわけで、まあさしてやることもないのだが、通しを見させてもらうと、こいつがおもしろい。福助氏の当初聞いた演出のアイデアが見事に現実化されている。氏の舞踊の振り付けも見られて有意義だった。

和栗さんとひさびさに会う。

11時近くに終了。

■十一月某日 No.1478
六時半、大隈講堂で『女と影』の舞台稽古を見る。

いろいろ気がついたことを出演者に指摘。

■十一月某日 No.1479
休み。

録画しておいた米倉涼子が杉村春子を演じるドラマを見始めるが、くだらなくて途中でやめる。脚本が幼稚。

『笑点』の司会、見られなかった先週が木久蔵だったと聞いて地団駄を踏む。見たかった。

■十一月某日 No.1480
3時、『女と影』のゲネ。

わたし、宙吊りになる人形を客席で受け止める役割を振られる。なるほど、これこそ演出協力というものだ!

18時半、本番。

いやはや福助氏、ふだんはちょい悪おやじみたいな風情なのが、本番になると見事でほれぼれと見入ってしまう。

それにしてもこのゆるーい制作体制のもと、だいじょぶなのかねと思ったところ多かったのだが、なんとか無事にゆるーく終了したようだ。ま、大学と学者が仕切る舞台現場というのは、いつでもどこでもゆるーいもんだ。そうなんだぞ、大学でやる公演ってのは現場人の我慢と忍耐によって成立されているんだぞ、心しとけよ、大学人。

肝心なのは本人たちがゆるーいことを自覚しているかどうかで、その点今回の古井戸先生は実によく自覚している。

ふうー、こうして怒涛の11月が終わった。

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