彷徨とは精神の自由を表す。

だが、そんなものが可能かどうかはわからない。

ただの散歩であってもかまわない。

目的のない散歩。

癇癪館は遊静舘に改名する。

癇癪は無駄である。

やめた。静かに遊ぶ。

そういった男である。

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■彷徨亭日乗特別篇

サンパウロ旅情1

さてブラジル公演は無事終了した。

成功であった。当事者が書く海外公演の様子というのは自ら失敗というわけはないから、あてにならないのだが、成功であった。

なにを成功というのか。参加メンバーが全員無事で劇場がスタンディングで拍手に包まれたということだ。それぐらいでは成功とはいわないという人がいれば、まあその人にとってはそういうことだろう。

私ももう痛い目にはやまほどあっている傷だらけの演劇人であるから、拍手なんぞで簡単にはだまされないが、まあよかったですよ。

端的にいって今回の特別篇は去年のドイツに比べて面白みにやや欠けるかもしれない。

メンバーも二度目ということで旅慣れをしてきていて、ほとんど順調だったからだ。

ほんとにこの『ハムレット・クローン』メンバーはみんなきちんとした人間ですよ。きちんと物が考えられて、人間の会話ができる人達ですよ。こういうことが芝居作りには重要なわけですよ。

しかし、吉村なんか今回おとなしかったのは、前回の当日乗を読んでなんでもすぐ書かれてしまうと警戒していたせいもあったかもしれない。

だからけっこうみんな今回はまともで普通なのよ。

でもなかにはきわどいこともあるからそういうところ匿名にしておきます。

吉村は毎回訴えてやると息巻いていて、島田にも相談したらしい。

島田というのは紳介のこと。テレビで法律相談の番組やっているからなのだが、紳介もふだん名誉毀損ギリギリのコメントやっているもんだから、吉村、「我慢せいや」とあっさり答えられたという。

そういうわけで帰ってきたのだが、この東京の暑さにまったくなにもやる気が起きず、書くのもめんどうで仕方がない。なんたってサンパウロは冬でセーターに革ジャンだったのだよ。

急に眠くなって本気で落ちたり、早朝突如目が覚めたり、帰国した翌日はがんばって笠井さんと荻野目さんの『サロメ』見て、写真集『銀河革命』もらって、うれしくて早速電車のなかでページを開いていたら、もう目眩がして倒れそうよ。

もうほとんど死に体のままこれを書いているので、力がこもっていなくても、それはつまらなかったからではないので、みなさん、そのつもりでお読みください。

■七月九日 No.1037
ヴァリグ航空、成田19時発。

この時点で私はすでにくたびれていた。

三日続いた猛暑のせいだ。暑い街を歩き回り、なぜか一枚の絵に執着しだしてしまってほとほとくたびれた。

10時間ほどでロスに着き、給油のためにわざわざ入国審査。

ついに禁煙解除。我慢しきれず、笠木からもらって吸う。

これよりプカプカ始めだす。

トランジットルームに二十分ほどで機内に。

二十代、三十代の時期は飛行機で酒を飲むのが楽しくて、ビールで始めて食事のワイン、食後のコーヒーとともにコニャック。さらにスコッチをやりながら本を読むといったことを常にしていたのだが、今はもうできんわ。機内での酔いの覚め際に胸焼けと頭痛がする。しかもブラジルは24時間のフライトだからね。

■七月十日 No.1038
12時間かかって午前7時サンパウロ着。寒い。

出迎えの人々、今回の演劇祭のキュレーター、リカルドらの顔を見て安心する。

ここからバスでおよそ五時間かかってサンパウロ州リオ・プレトの国際演劇祭へ。

この演劇祭は古くから行われており、インターナショナルになって三回目ということだ。ブラジルのなかでも五大行事のなかのひとつだというのが当事者の言葉だ。

バスが走る。途中でどしゃぶりの大雨。

途中のインターチェンジですでに山根は現地人のような顔をして人々と話し、シガリロなどを購入している。

15時頃、ホテル・ナショナル着。

昼食でシェラスコのレストランへ。

その後、劇場。近くのショッピングセンター。

夕食は昼と同じ店でピザだ。

私らが上演する市立劇場の支配人マルシアも同行する。日本人が珍しいらしい。

ここでも山根、大活躍でピザの感想を聞かれてOKサインをするとブラジル人たち大騒ぎ。これはブラジルではケツの穴を意味するということだ。

とにかくみんな時差ぼけを感じさせないほどにわいわいと食べている。元気だ。

ホテルに帰ってオールド・パーを二杯ほど飲む。

■七月十一日 No.1039
変な夢を見る。葬式の夢だ。俳優にでたらめのお経をいわせて葬式をでっちあげていた。

朝食。フルーツ、ジュース。

サンパウロに滞在している知り合いから参院選、自民大敗の模様と電話がくる。

サンパウロのNHKを見ているのだ。

昼は昨日と同じレストラン。

用意された稽古場にいく。

ホテルからバスで20分ほど。

ペキンパーのメキシコを舞台にした映画のなかの襲撃場面にでてきそうな、あるいは『キル・ビルvol2』の荒野の教会にも風情が似た建物。

14時から4時間、みっちり稽古をする。

劇場に寄る。徐々に装置が出来上がりつつある。

夕食はまた同じピザ。

つまり昼夜同じ場所、メニューに家畜のごとく集団で連れられて集団でホテルに帰ってくるのだ。

まあ、文句をいおうと思えばやまほどいえるのだが、みんな元気でAなど覚えたてのポルトガル語でウエートレスたちに「君は可愛い」を連発し、帰宅のバスではサンバでみんなで大騒ぎ。ポルトガル語は空耳の宝庫で、ある曲のサビが「小松だ、ちからー」と聞こえて仕方がない。

■七月十二日 No.1040
快晴。同じ州だが、ここはサンパウロと違って暑い。

朝食をとりCNNで自民49、民主50と知る。

地元の有力紙に『ハムレット・クローン』の紹介記事がでかでかと載っている。

以後、公演初日まで毎日私らのことが掲載され続けた。

14時、稽古場。

ウォームアップのあいだ、建物の周囲をうろうろする。どこかなつかしい風情。

マンゴーの木。焚き火の跡。コカコーラの空き瓶。

フェンスの外の原っぱに横になり青空を仰ぐと東京で溜まった澱み、滓の類が消え去っていく感じがする。

■七月十三日 No.1041
腹がへって仕方がなく、朝からソーセージなどをばりばり食べる。

昼食でもシェラスコの肉をばりばり食べる。

14時稽古。

いろいろなメディアが出入りして写真、ビデオなどを撮っていく。

18時、劇場入り。セットが上がっている。檻の格子に錆をいれてくれという。

19時半、ホテルのロビーでリカルドと会い、いろいろ打ち合わせ。

夕食はルームサービスのパスタ。ウドンのような歯ざわり。

■七月十四日 No.1042
9時朝食。

サンパウロの二大紙のうちのひとつフォーリャを含め、三紙に私たちの紹介記事。

17時劇場入り。

稽古。リハーサル。

21時終了。

今夜はレストランへは行かず、差し入れで出たサンドウィッチを持ってホテルへ帰る。

■七月十五日 No.1043
今日もまたTシャツ一枚で過ごせる気候。

二紙に記事。

ショッピングセンターで買い物後、劇場入り。

通訳を介してバスのドライバーと話したところ、サンパウロの人間(パウリスタ)とリオ・デ・ジャネイロ(カリオカ)が仲が悪いというのは本当で、パウリスタにとってカリオカはなまけもので夜にならないと目を覚まさないやつらで、カリオカにとってパウリスタはやたらまじめくさっている連中ということだ。

21時、つまり本番と同じ時間からゲネプロ。

チケットがすでに売り切れということなので、購入できなかったらしい十数名が見学。

23時、終了。

ホテルのバーで2時まで飲んで寝る。

■七月十六日

No.1044

いよいよ今日から演劇祭の開催であり、参加者がみんな同じホテルに宿泊しているらしく、朝食はわいわいと騒がしくなってきている。

そう、私たちはオープニングを飾るチームなわけだ。

ところで書き忘れたが、今回私たちのブラジル公演を聞きつけ、サルバドーレから私にメールを送ってきて制作ボランティアとして参加している米倉さんは、実は私が早稲田で教えていたときの最終年の学生であり、今聞くとなんと私の講義を聞いてブラジル行きを決意したという。

それを聞いて、「ブラジルいきたいんですけど」と尋ねてきた学生がいたのぼんやり思い出した。

そのとき私は彼女になんと答えたのか、まるで思い出せず、いいんじゃないのとかいったかなと確認すると、果たしてその通りだったという。

彼女はポルトガル語がすでに堪能で、よく働く。前途有望だ。

今朝は二紙に出ている。ひとつは昨日劇場で撮ったコロンビアの演出家とのツーショットでこのチームは『タイタス・アンドロニカス』の翻案物で参加しているという。

13時、リカルドの招待で中心地のレストランに全員で行く。毎昼夜、同じレストラン、メニューであるのを悪がっての招待だ。

私はストロガノフを食べる。

15時、劇場入り。打ち合わせなどなど。

16時半、通し稽古。

いよいよ本番だ。15分前。緊張と不安で体が硬くなっているのがわかる。

私は客席の後方で立って見る。

終わった直後、満席の観客全員が立ち上がり、拍手が鳴る。

夕食へ向かうバスのなかで伊沢、

「みんなぼくたちのバスに向かって拍手してますよ」

とかいうので、

「日の丸がおもしれえんだろ」

と喝采の余韻に浸る純真な俳優の心情に茶々を入れる。

私たちの送迎バスには数日前より後方に日の丸が掲げられていて街宣車の風情だ。左翼舞台人だったら目をむくところだろう。私は日の丸も君が代もけっこう。

夕食後、野外のパーティ会場へ。

設えられたロデオの機械に山根、伊沢などが挑む。

一時にホテル行きのバスが出るというので慌てて走る。

ホテルは中心地から離れていて、車がないとどこにも動けないのが難点だ。

ホテルで三時までワインを飲む。

■七月十七日

No.1045

今日も快晴。

10時、ホテルのプールサイドでサンパウロのローカル局のインタビュー。若いディレクターはこちらが気の毒になるほど緊張していて、いきなり「好きな食べ物は」の問いにずっこける。

急いで態勢を立て直し、「うなぎの蒲焼」と答えると「いえいえブラジル料理のなかで」というので「シェラスコ」と答える。それしか知らない。それと飲み物は地酒のピンガにライムを入れたカイピリーニャね。

俳優たちはここで有名な温泉に向かう。

15時、リカルドに連れられて中心地のアラビア・レストランへ。

19時、コロンビアのタイタス、『モスコ』を見る。客席が爆笑するタイタスで、別に新鮮味はないがおもしろい。コロンビアだから台詞はスペイン語で、ゆっくり話せばブラジル人も理解できるという。そのためか、1時間15分というのが45分あり、急いでバスで劇場入り。

今宵も満席。昨日より反応がいい。スタンディングの拍手。

終演後、この市立劇場の裏手で開催されているという市長主催のカクテルパーティに招かれ、全員でいく。

要するにスポーンサー連が集まっているわけだ。生演奏でアントニオ・カルロス・ジョピンなどが演奏され、いろいろな人と写真を撮り、ワイン、ウイスキーなどをがぶ飲みする。

零時過ぎ部屋に戻りテレビをつけるとエロ映画をやっている。

免税で買ってきた酒をグラスになみなみつぎ、つまりコップ酒を飲んで寝る。


ところでこれは今現在7月28日だが、ブラジル情報はまだ更新されないのかと各方面からうるさい。

なんだい、タダで読んでるくせに。『笑点』の客と同じだろう。当日乗を読んで本気で息子の動向を伺っているらしい母親からも電話がかかってくる。

いやいや、読む人あっての日乗なので、みなさんお世話になっています、これからもよろしく!

もうタダ見客などと口が裂けてもいいません。

ところでブラジル行き前に佐藤信氏と会う時間があり、氏もたまに当日乗をのぞいているとのことで、「やっぱりこの手の日記は人の悪口が一番おもしろいよなあ」とつぶやいておられたが、調子に乗ってその手のばかり書き出すと、痛い目に会う。すでに私が、傷だらけの舞台人といわれる由縁である。

早朝に目覚めて23時頃、子供のように本当に眠りに落ちてしまう。その初期の眠りの深いこと深いこと。

まあ、これは実は時差ぼけではなくて普通の眠りの時間帯になったということか。

中島らも氏、逝去の報。やはりだめだったか。

『今夜すべてのバーで』はアル中物の傑作であり、いずれ劇でこの題材をやろうと思っている私にとって実に参考になった。

外国から帰ってきて山手線に乗るといつも日本人はおもしろい顔をした人が多いと思う。

しかもみんなすでに暑さを手なずけましたてな顔つきをしてちょこんと電車に乗っている。

さて今回はこれくらいにしておこう。

次回はリオ・プレトの千秋楽とサンパウロ公演。

千秋楽の夜には実は内緒にしておきたいようなとんでもないことが起こるのだ。

みんな、タダで読めるぞ。

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