彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。

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■二月某日

No.901

油絵の題材に自画像を選んだのか間違いだった。自分の顔ほど難しいものはない。絵は趣味にしておくつもりなのが、真剣になってしまって仕方がない。根を詰めてやると右腕が疲れ、筆先が震えてくる。さらに右の肩甲骨の辺りがぱんぱんに張ってしまう。

京都入り。

ホテルの近くで川村クラスの学生とばったり会う。「あっ、先生。ここに泊まってるんですか」といきなりタコ踊りをする。近所に住んでいるのだという。

■二月某日 No.902
研究室に行くと四年生ふたりが昨夜、ホテルの近くの喫茶店から私を見かけたという。なんで声かけなかったというと、ばんばんガラス戸を叩いたが私は気がつかなかったという。

さらにすでに昨夜のことがあの後タコ踊りから携帯のリレーメールで学生達全員に伝わっているらしい。

おそろしい!この土地で悪いことはできない。ってこの場合の悪いことって何だ?

みっちり稽古して学生達と『王将』で夕飯を食べる。アルコールを口にしているのは自分だけであることに気がつき、さりげなくへえーっと思う。

吉野家牛丼最後の日。食べられず。

■二月某日 No.903
おそん感があるので早い時間に起きてせっせとホテルの朝食バイキングを食べるのだが、普段寝ている時間に食べるものだから調子悪くなる。なんだかひとりでぼそぼそパン食べているとしみじみさみしくなる。

みっちり稽古してばっちりくたびれる。

街に出て飲もうとも思うが、寒くてままならず。ホテルに戻り、『エースをねらえ!』、『白い巨塔』を見る。

牛丼騒ぎは続く。

「牛丼屋なのに牛丼売ってないとは何事だ」と暴れる男がいたというが、「第三エロチカなのにエロがないのは何事か」ってなもんか。

アメリカは牛がもうだいじょうぶだとかいっているが、誰が信じるものか。かつてエイズをホモだけがかかる癌だとか平気でのたまってなにもしなかった国だということを私たちは忘れてはならない。

■二月某日 No.904
稽古をして帰京。

ひさしぶりに『タモリ倶楽部』を見ることができて感激。

■二月某日 No.905
ベニサンピットで『エンジェルス・イン・アメリカ』の第二部ペレストロイカを見る。この第二部は英語の原作を持っていて読もう読もうと思って未だにかなわないでいたもの。さすがクシュナーだと感じ入って見るが、イーストウッドの映画が所詮アメリカ映画だと感じるのと同様、所詮はアメリカ演劇だと感じてしまう。凄惨な理不尽さが欲しくなるのだ。しかしながらマンハッタンのエイズの黙示録であるこの劇をアジア人が演じることに疑念を覚える。最後のプライアーの観客への台詞など今時の日本の若者俳優にいわれても『世界にひとつだけの花』のカラオケを聴かされている気分になる。その後のコールで手拍子を半ば強制されるから、ますますここはスマップのコンサート会場だったのかと呆然とさせられる。もっともスマップのコンサートもそれなりに感動的なものなのだろうけれど。要するにベトナム戦争の悲劇をアジア人が演じているというような違和感。クシュナーの劇は徹底して英米人のものだと確認させられる。
■二月某日 No.906
昨夜に食べた味噌カツ定食が胃にもたれている。

原稿を上げる。

『アドルフの画集』を見る。見事につまらない。中途半端。

バレンタインデーのチョコが事務所にダンボールで五個送られてきている。今年は例年よりやや少なめである。

自画像を完成させる。描き続けているときりがないので、完成とする。やっと解放されたことにする。自分の顔を描くなどうんざりだ。

■二月某日 No.907
耳鼻科で花粉症対策一式をもらい、次に歯医者で歯の掃除。およそ50分口開けたままでくたびれるくたびれる。

その後、パークタワーホールで『アル・ハムレット・サミット』を見る。始まってすぐに考え事をしてしまい、ほとんど集中して見ることができない。

■二月某日 No.908
終日原稿書き。
■二月某日

No.909

京都入り。あたたかくてうれしい。

『ロスト・バビロン』、いよいよ大詰めの稽古。

装置、いい出来だ。みんなよくやっている。

始めるなり一発怒る。この大学に来て学生に一番怒った瞬間。

ホテル・ホリディ・インのスタッフとはもう顔なじみ。

便所がウオッシュレットに統一されて快適なトイレ・ライフだ。難点は柔らかいだけの枕で、マイマクラを持参である。

■二月某日 No.910
稽古。なかなか快調。気候も良くて元気だ。

ピーターのインタビュー原稿、テアトロのゲラ。サラ・ケインの翻訳台本第一稿などが送信されてきたので目を通す。

夕刻、ホテルでマッサージをしてもらう。お色気のじゃないですよ、悪しからず。

細木数子の弟子を名乗る鈴木鈴男によれば私は金星人で今年から大殺界だそうで三年運気が低迷だという。

この時期に目立つこと新しいことをやるのは良くないという。ならば思いっきり目立つこと新しいことをやって破滅に突き進もう。

『白い巨塔』を見て涙を流す。財前五郎ちゃんも大殺界なのね。けっして俳優たちは上手くはない。江口が台詞をいうたびに細かく首を振るのはわざとなのだろうか。矢田亜希子は可愛いが下手だ。しかし脚本、演出がいい。特に脚本に依るところ大だ。

■二月某日 No.911
実に春の陽気でよろしい。

ゲネ。なかなかいい出来だ。予想以上の仕上りだ。

『高竜』で中華そばを食べていると自家製麺の試作を食べてくれというので半たまをさらに食べると苦しくで仕方がない。

■二月某日 No.912
あたたかい。

ゲネ。ヨロシイ。

徒歩で数分の金福寺でぼんやりと愛宕山をながめる。白髪苔という名の白い苔に感銘を受ける。

『ロスト・バビロン』本番。よろしい。

『王将』で学生達と乾杯し飲む。すぐ帰るつもりが二時を過ぎる。杉原、茂山、荒木、村川はよくつきあっていたものだ。

■二月某日 No.913
抜き稽古の後、本番。

夜、豆腐料理で一杯。

■二月某日 No.914
金戒金明寺で釈迦涅槃図、茶室などを見る。

急に激しい雨に見舞われる。

千秋楽。

劇を見たという実感を得られる。みんな実によくやったものだ。自分でいうのもなんだがよく書けている戯曲だ。1999年、このころから第三エロチカは変わりつつあった。つまり劇団員にとって80年代の演技形態で私の台詞をいうことはできなくなったのだった。

劇のなかの若い役は初演の俳優より学生のほうがよかったほどだ。当時はとうのたった連中が一生懸命若ぶってやっていて無理があった。聞くと今の学生の年代は「きれる17歳」世代、サカキバラと同い年だという。なるほどこの劇の若い役にぴったりなわけだ。

京都駅で驚くほどまずい蕎麦を食べる。あんまりまずいので珍しくて全部食べてしまった。

遊静館に戻り、学生たちにもらった記念品を開けると、レオタード・ハイヒールのフィギアと仲根かすみの小さなブロマイドである。

私はいったいどういう人間と思われているのだろうか。

■二月某日 No.915
終日原稿を書き、送る。これでブラジル行きの準備は整った。

突然ですが、わたくし、ブラジルに向かうことになりました。ブラジル日記は帰国してからのお楽しみ!

■二月某日

緊急ニュース(No.916)

書き忘れたが、先日打ち合わせに池袋へいった折り、『屯』に立ち寄るとすでに店舗はヘルスになっているので愕然。いつかこういう日がくるとは思ってはいたが。最近、足が遠のいていた。近所の人に聞くと、半年前に店をたたんだということだ。

おばあさん、あなたはどうしているのですか? 手伝いのまさこさんはどうしているのだろう?

かつてばあさんから聞いた戦時中の身の上話を思い出そうとするが細部がすでに曖昧になってしまっている。

確か弟子筋が池袋のどこかで味をついでいるとかつて聞いたので、それを探そうと思う。

■二月某日

No.917

19:30成田発、ロス経由、サンパウロ行き。24時間の飛行時間。

機内で田中角栄の評伝を読了。

早朝6:30、サンパウロ着。

ホテルにチェックインして昼寝。パウリスタ通りを散歩して15:00ミーティング。

16:30リベルタージ地区の東洋人街のなか、日系の新聞の取材を受ける。

18:00劇を見る。

20:00劇場を出て、ブラジルの田舎料理をごちそうになる。やわらかいテール。ケール。地酒のピンカ。そのピンカのカクテル。

0:00ホテルに戻る。

グレンフィディッシュを飲んで寝る。

■二月某日 No.918
8:00起床。

ホテルの朝食。マンゴー、スイカジュースなどを選ぶ。

正午、昼食に招かれていてシェラスコ。徹底した肉料理。食べるわ食べるわ。最後はマンゴークリームのアイスクリーム。

15:00ミーティング。今回私たちが招かれているフェスティバルにウースターグループも出るという情報を得る。

18:00劇場を下見。

22:00ホテルのスシバーで軽くつまむ。その後、バーでマティニとモンテクリストをひっかける。

0:00頃部屋に戻る。

激しい雨と雷。部屋は22階だが、街のどこかで雷鳴に合わせて騒ぐ一団の嬌声が聞こえてくる。

寝入ってからそばで落ちたかのような雷に起こされる。

■二月某日 No.919
8:00起床。

マンゴー、パパイヤ、スクランブルエッグ、ソーセージ、ハム、サラミ、パン、ミソスープ。

歩いてサンパウロ美術館に行き、セザンヌ、ゴッホ、グレコ、ラファエロなどを見る。ひさしぶりにゴッホを間近に見ると、本当にこれははある種精神異常者の絵だとわかる。

次にタクシーで日本人の移民資料館に行く。

その後、東洋人街を散策。痛く感動する。ここのいっぱい飲み屋で一杯やりたい。次回はぜったい。

最近のサッカー留学とは、どうしようもないクソガキの島流しを意味するという。親は無責任なもので、受け入れ側はクソガキの無礼、馬鹿さ加減に手を焼かされるという。こういうことはドイツでも耳にした。こちらは大学生のホームステイなのだが、学生の非常識さにドイツの家庭は唖然と聞いた。まったく、クソガキの天下だ。

さらにリベルタージ地区を散策。ギャングと思しき男たちと売春婦。ああ、わたしのなかのラテンが騒ぐ!

美術展の展示会場を歩いていると、会場のスタッフからなぜか「建築家か?」と聞かれ、演出、劇作をやっていると答えると、施設内の劇場を案内してくれる。親切だ。

さらに移動して別の劇場を視察。

CDショップで三枚買って、ブラジル風焼肉屋に連れて行ってもらう。昼食を食べそびれていたせいもあるが、ばりばり肉を食べる。ああ、おいしい。

食べ終えて今回延々とお世話になったユージサンの家に招かれ、なんとピンカの15年物をおみやげにいただく。深く感謝。

さらに0時近く、車でホテルまで送っていただく。

まあ、なんと愉快な一日であったことか。

■二月某日 No.920
6:00起床。

7:00チェックアウト。空港へ。

9:30飛行機に乗る。カンポ・グランジ、クイアバを経由して14:30ブラジリアに着く。二箇所着陸、離陸を経てひどくくたびれる。

空港からタクシーでカテドラル、三権広場、大統領官邸、パラノア湖を回る。

16:00チェックイン。

大雨が降り出す。

サウナに入り、雷雨のなかプールで泳ぐ。

指圧をしてもらうが、その間体が冷え、食欲を無くす。そのせいでなく、ホテル内のレストランは信じられないほどにまずい。

倒れるようにして0:00寝る。

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