彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。

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■二月某日

No.581

終日原稿書き。思いのほか進む。20枚近く書いた。

寒い日だ。
■二月某日

No.582

パブリックでプレゼン稽古。
■二月三日

No.583

11時よりアジアのオリエンテーション。七カ国、16名、一同揃う。

18時より歓迎レセプション。いろいろな人と会う。

合間を縫ってプレゼンのテクリハ。
■二月四日

No.584

11時よりワークショップ。

鬼ごっことか、猫の真似とかをやらされる。ひさしぶりに走る。

ねずみになった鐘下を猫である私が追う。やってるとけっこう楽しい。

後半は自己紹介。

19時よりプレゼン。ジョー、アイヴァンに続き、カワムラ。

その後、ディスカッション。

終演後、魚たいむで飲む。いろいろな人々がわいわいといる。髭の坂手が「混ぜてよおー」とよってくる。

ジョー、アイヴァンとぐいぐい日本酒をあおり、気がつくと夜が明けている。
■二月五日

No.585

ひさしぶりの日本酒の二日酔いだ。11時に這って行き、イメージトレーニングのワークショップではなるたけ寝転がってやる。片手を動かして何かをイメージせよというワークショップでマレーシアのナム・ロンがいきなりせんずりの仕草をするのを見てひとり大笑い。なんとか寝たままやったが、眠くて仕方がなく、昼休みになってからあえなく早退。サウナに行って休む。

どうも、基本的にワークショップは好きではなく、どうやってさぼるかばかりを考えている自分を発見し、ガキの頃とまるで変わっていないと愕然とする。三つ子の魂百まで。

19時よりプレゼンを見る。今夜のプレゼンテイターのひとりホセさんもいっていたが、三日しか経っていないのにもう随分と一緒にいる気がする。
■二月六日

No.586

今日は休み。

『運命の女』を見る。ダイアン・レインを見るため。目じりの小皺と垂れた胸がたまらなくいい!皮肉でいっているのではない、熟した果実、あるいは腐乱ぎりぎり寸前の実、こうした要素が真の女性の色気というものなのだ、ガキにはわかるまい。

原作にシャブロルの名前があるということは、フランス映画のリメイクか。

うーん、アメリカ映画でニューヨーク近郊が舞台というのがどうも無理があるなあ。逆にオリジナルのシャブロルの映画を想像して、おもしろい映画なんだろうななどと考えてしまった。この手の話はシャブロルの十八番だ。結局エイドリアン・ラインは『危険な情事』チックなオカルト・テイストでないと成功しないのだな。ダイアン・レイン、スキ!

ひとりで焼き鳥を食べる。
■二月七日

No.587

秘密についてのワークショップ。

紙に自分の秘密を三つ書く。そのうちのひとつは嘘でふたつは真実。

紙を集めて、次に参加者がひとりずつ紙を取り、自分のものだったら戻し、開いて読み上げ、それが誰のものか、さらに三つの秘密のうちどれが嘘であるかを当てるというものだ。

私は一発で取り上げた紙がインドネシアのディンドンであるのを当てた。

ロディの秘密には大笑い。

1. 愛人がふたりいる。

2. ポルノ映画館で尺八されているところを警察に通報されて逮捕されたことがある。

3. 親にエッチしているところを見られたことがある。 

さてこのうちのどれが嘘でしょう?

答えは三番、つまり 1と2は本当なのだ!

午後は今後の作品作りのやり方についてディスカッション。

プレゼンを見て新宿で鰻と寿司を食べる。

数日前、大麻所持で中島らも氏が逮捕されたが、恐らく誰も驚かなかっただろう。『刑務所の中』のパンフレットで刑務所に入ってみたいといったことを書いていたと思ったら本当に入ってしまったということだ。昔の人のことだから妙に伝説化、美化されているが安吾がヒロポンで捕まっただの、太宰が女と自殺未遂起こしただのということも当時ではこんなものだったと想像する。といったら中島氏を持ち上げ過ぎか。
■二月八日

No.588

二時からのプレゼンを見る。

くたびれてすぐに帰る。
■二月九日

No.589

世田谷パブリックのジェームズ・ボンド、松井氏が病欠。

二時からのプレゼンを見る。

その後のシンポジウムで、アズザンの「どうやって作品を作るかを決めるのでなく、みんな人間について語り合おう」という言葉に、あーあ、この先百年かかるぞという思いで呆然とする。

新宿のビアホールでアイスバインとかピザとか食べて帰る。
■二月十日

No.590

午前11時より、今後の展開等々についてディスカッション。ボンド、病院に行ったということ。

さあて百年かかるぞと思って臨んだところ、いきなりアズザンが具体的なプランを提出し、ホワイトボードに書き出したので、びっくり。

アイヴァンが司会をし、思いのほか、いろいろ決まっていくのでびっくり。徹底した民主主義。

夕刻の五時まで。

その後『ワーニャ叔父さん』をみんなで見に行く。が、みんな長時間のディスカッションのせいか具合が悪そうだ。
■二月十一日

No.591

いよいよ最終日。

アイヴァンは昨夜、ハーレッシュと新宿二丁目に繰り出し、四時までいたという。外国人専用の店しか入れず、残念でならない、今度は日本人といって日本人の若い子を見たいとわいわい話している。元気だわ、このおっさん。ちょっと林家木久蔵に似ている。

11時より引き続き、ディスカッション。

午後よりボンド復活。

アズザンの次はバリ島に集まって、時間に追われることなく、やりたいときにワークショップをやりだす。

インドネシア・スタイルはどうだい?という意見に大賛成。いいよお、バリ島。やりたくなったらやる、と。つまり私の場合、ずっと休んで遊んで帰ってくるんだ。

予定通り四時に終了。今年の日程と全体の流れが決まったのである。

さすが、みんなプロである。

カンティーネでフェアウエルパーティ。

アイヴァンとふたりで鐘下に戯曲執筆を要請する。シンガポールの老婆と東京のババアが東京で銀行強盗をするという話で、それぞれのババアをアイヴァンと私が演じるのだ。

アズザン、私に『荒城の月』の歌詞を教えろという。

ローマ字で書いてあげると、それから延々と大声で歌っている。

さあて、これからどうなることやら。次の集まりは今年の七月、バリ島は具体化されるか?

いやあ、新しいお友達がいっぱいできたわ!

なんだか、おもしろおかしいぞ、この企画は。がんばれ、ジェームズ・ボンド!
■二月十二日

No.592

新宿で『レッド・ドラゴン』を見る。予想通り平凡。でもこうなってくると寅さん映画みたいなもので、ホプキンスのレクター博士が出てくるだけで満足。それに加えてエドワード・ノートンにハーヴェイ・カイテルだもんね。男優達を見る映画。でもこの三人ならもっと面白くなったのではと思うが、ここいらあたりが監督の腕のなさか。

続いて『アレックス』を見る。見終わって、やれやれという気分だったが、最終的には評価したい。映画を撮ったことのある人間ならば誰でも数秒間ぐらいは真剣に考え、冷静になってやめるような発想を本当にやってしまうバカさ加減。酔っ払って思いつき、朝しらふになってやめるような企画だ。実際全編酔っ払っているような映画で、逆時間にしたのは何か哲学があったわけではなく、こうした構成をとらなければ話が持たなかったというただそれだけのことだ。だが、妙にいい。文字通り痛い映画だ。この痛さは信じられる。
■二月某日

No.593

中野の美容院へ行って青葉で行列してラーメン食べてブロードウエイを歩いていると、人ごみから不意に山田山子が現れ、私に走りより、「おまえ、あたしから今日チョコもらおうと思ってここいら歩いてるんだろ」というので、呆然としていると、「やらねえよ、バーカ」と立ち去っていった。ほんと、世の中こわい。

そのまま呆然と名曲喫茶クラシックに入り、二回しっかりとしたウンコをした。

どうもアジアが終わって、こうしたイベントが終わった直後の常で気分が落ち込み気味だ。

リーディング『オルジァ』の構想を練る。

シングル・モルト飲んで寝る。

ポランスキーの新作『戦場のピアニスト』を見たいが、人間の心理とは不思議なもので、褒める人ばかりだと、見る気が失せる。薦められて見たものに必ずケチをつけたくなるのも、不思議な人間の心理というやつ。
■二月某日

No.594

『千と千尋の神隠し』見る。

テンポ、画面構成、音楽の使い方等々ほとんどスピルバーグ。やまほどケチをつけたいが、やめとこう、妖怪と環境問題はおれもやったことがあるからね。

次に『アザーズ』見る。途中で謎わかる。ニコール・キッドマンはグレース・ケリーに似てきた。ヒッチコック美人。あえてこの映画ではそれを狙っていたわけか。初期の頃の『冷たい月を抱く女』を見たときはいいとは思わなかったが、最近ぐんぐんいい。それにトム・クルーズなんかと別れて本当によかった。
■二月某日

No.595

『オルジァ』稽古初日。つくづく厄介な戯曲ではある。

打ち合わせの連続で一食はずし、へろへろに腹が減る。
■二月某日

No.596

『オルジァ』稽古。読むごとにいろいろ発見がある戯曲だ。

手塚さん、西牟田さん、ふたりとも聡明な人だ。

三茶の飲み屋で「田村亮子と結婚したくねえな」とか大声でしゃべっていると、隣の柔道おたくと称する男に「あんたは亮子の昔の男か」とかいってひどく絡まれる。

『戦場のピアニスト』で70歳にして再び大注目されているポランスキー、私は幼少の折より『吸血鬼』の監督として大好きだった。一風変わった商業映画監督、『チャイナタウン』好き、『テナント』好き、そしてこの人の経歴が好き。

そういうわけで『死と処女』を見直してみる。以前ビデオで見たことはあるのだが、途中で電話がかかってきたり、おこられたり、宅急便が来たり、窓から鳥が飛び込んできたりと集中できなかったのだ。

今回じっくり見たが、やはり凡庸な出来だ。

続いて未見だった『ナインスゲート』を見るが、まったくよくない。『赤い航路』から『ナインスゲート』までずっと調子が出ていなかったというわけで、『戦場のピアニスト』が実に楽しみだ。
■二月某日

No.597

テレビで今人気の綾小路きみまろが、自分のモットーを『俺が俺がの「我」をすてておかげおかげの「下」に生きる』と語っていた。すばらしい!

そこいらの演劇人に聞かせてやりたい、辻君に聞かせてあげたい。

『オルジァ』稽古。
■二月某日

No.598

稽古は休みで、照明の打ち合わせ。

茶沢通りを歩いていると、自転車に乗った山田山子が不意に現れ、目の前で止まり、「おまえ、政井マヤの路上キス、ショックだろ、ザマーミロ!」と言い捨てて立ち去った。呆然として田園都市線の改札に向かう。
■二月某日

No.599

稽古。ふたり、一昨日より数段よくなっている。二回通しをやろうかといっていたのだが、手塚さんの役は本当にごくろうなので、二回目は抜きで。
■二月某日

No.600

一度稽古をして初日。

満席。難解な戯曲なので飽きる人もいるかなと予想していたが、しんと静まり、舞台に集中してくれている。ラストのシークエンスにおいて、すでに妻子を殺しており、買った女の子にも逃げられ、ひとり取り残された男は、女の子が脱いで残していった下着やスカートを着て女装し、首を吊るのだが、ここにおける手塚とおるが絶品である。感心した。

客席の拍手はともすれば数回のカーテンコールを求めるほどのものだった。

終演後、ロビーで乾杯。興奮して酔っ払う。

手塚氏にコールもう一回ぐらい出てもいいのにというと、「いやあリーディングですから」とこの人はあくまで謙虚である。自分の才能に自信を持っているのだ。

ふともし私がこの男の役をやっていたらと想像した。かなり過剰にやるに違いない。

延々と夢見ていたパゾリーニ戯曲の上演の実現に、疲れを知らない子供のようになった。

No.601〜 バックナンバー

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