41歳の私は未だふらふらとしている。
落ち着きがなく、瞬間湯沸かし器の気味もある。
だからこの日記を彷徨亭日乗と呼び、東村山の
住まいを癇癪館と名付ける。
こういった人間である。

No.081〜100 バックナンバー 最新

■七月某日

No.061

 公開稽古、最終日。
■七月某日

No.062

 休みなく早稲田の夏季ワークショップ。一文、二文のダブルヘッダー。へとへとになるかと思ったら、環境の変化が逆に良かったのか、さして疲れない。ラジオ体操をしてブリッジまで披露してしまった。
■七月某日

No.063

 頭がすっきりしている。悪態の言葉が出て来ない。劇団の稽古をいったん離れていることが功を奏しているのかも知れない。
■八月某日

No.064

 書き下ろしの『牛蛙』のキャスティングが決まったとの知らせを文学座より受ける。俳優さんたちの顔写真が送られて来る。
■八月某日

No.065

 くだらない参院選だった。
くだらない国だ。嫌になる。もはや憂国はナショナリストの特権ではない。
小泉もすぐに飽きられてバッシングを受けるのだろう、ちょうど今の広末涼子のように。
■八月某日

No.066

 早稲田大学第一文学部文学科、演劇映像専修夏季ワークショップ『オイディプスXX』と第二文学部表現・芸術系専修夏季ワークショップ『オイディプスXXX』の稽古が続く。
前者は歌舞伎と現代演劇の共演、後者は現代演劇、舞踏、狂言の共演を目論む。
正午から夜まで教室、スタジオ、研究室を駆け回る。
公開稽古のお客さんのアンケートを読み、好評なのを嬉しく思う。是非続けて欲しいという意見を複雑な心持ちで読む。稽古が佳境に入ると精神的にやはり辛く、今年で打ち止めと考えていたからだ。
まあ、また時間が経てば辛さを忘れて、やる気が出て来るかも知れないが。いつも、そう。すぐ忘れる。やってからそうだったと思い出す。それでまた忘れる。だから劇団など面倒なことも続けられているのかも知れない。本当にやめたいのだが、やめたい気持ちをすぐ忘れる。やり始めてやめたくなる。その繰り返し。
■八月某日

No.067

 早稲田。学生たち、元気一杯。わいわいしていて休憩中など目の前でしている会話が聞こえない。
劇団でも若者とばかり対しているから、大人との仕事の間合いの勘を無くしてしまうのではという不安にふと襲われつつキャンパスを歩く。
ジョージ秋山の『青の洞門』を買い、帰りの電車で一気に読む。
■八月某日

No.068

 引き続き正午より一文の稽古。冷房で体が冷えたので『三朝庵』で暖かいたぬき蕎麦をすすり、すぐに二文の稽古。
スタジオでビデオプロジェクターのチェック。スタジオでは北寄崎さんが照明の講義をされているところ、時間をいただいたのである。
すぐに教室に走り、舞台装置の打ち合わせ、学生たちの第一案に容赦の無いだめを出す。考え直しである。学生たち、打ちひしがれることなく、かえって闘志が湧いたと大声でわめく。 
すぐに研究室で今度は劇団の『ニッポン・ウォーズ』ニューバージョンの美術打ち合わせ。加藤ちかさんがやって来る。こちらはスムーズに進む。
■八月某日

No.069

 稽古後、新宿を徘徊する。『小林秀雄全集』を買う。
■八月某日

No.070

 稽古後、生ビールを飲み、スピリッツを飲む。
■八月某日

No.071

 やっと休日!この二カ月間で初めての休日!
ゴダール『映画史』を見る。
凄いなどという一言ですましてはならないほどの、ほとんど絶句ものの迫力、映画の快楽!
■八月某日

No.072

  日曜日。だらだらと休日を満喫する。弛緩する。二か月ぶりに『笑点』を見てわはははははと笑う。良いぞ、キクゾー!
■八月某日

No.073

 相変わらず正午から一文、三時半から二文の稽古。二文は初めての通し稽古。
突然明日の午前中に『ニッポン・ウォーズ』に関する読売新聞の取材が入ったとの連絡を受け、大正セントラルに泊まることになる。帰るのが面倒だからだ。しかも私は朝の通勤ラッシュの電車に乗れない。
そういうわけで稽古後、チェックインし、荷物を置いてから早稲田松竹にかかっていた『はなればなれに』を見る。
久しぶりに『鳥やす』に行くと、学校が夏休みに入ったせいか、カウンターは無人で、マスターである無愛想なオヤジが暇そうにぼんやり床にしゃがんで煙草を吸っている。このオヤジとはお互い無愛想だと感じているせいか、滅多に視線を合わせたことがないが、今夜は暇なせいか、こちらが広げていた東京スポーツを覗き込み、しきりにプロレス情報を聞きたがる。
焼き鳥をたらふく食べてホテルに戻り、眠る。
■八月某日

No.074

 午前十時、大手町の読売新聞社で一時間ほどの取材を受ける。ありがたや、ありがたや。
早稲田に行き、稽古。二文はスタジオで照明の場当たり。一文を兼ねていて多忙な私に代わってTA(つまり助手)の安永、大活躍。あまりの真剣ぶりに不安にもなる。
今夜から三日間、一文の本番まで早稲田大学教職員用の宿舎に泊まり込み。西早稲田の路地の奥にあり、隣は墓場というなんともいい風情である。
夜、稽古を終えて行くと玄関の明かりは灯されておらず、どうやら宿泊者は私ひとりである。洋間の個室。ベッドと机。冷房はあるがテレビはない。風呂場の窓を開くと暗闇のなか、眼下に墓石がずらっと並んでいる。
夏目坂の『デニーズ』で生ビールと炒飯を食べる。
宿舎に戻り、『まことちゃん』を読もうとするも、怪談特集なのでやめる。
遠くから学生会館の移転に反対する学生のシュプレヒコールが聞こえて来る。すぐ寝入ってしまう。
■八月某日

No.075

 午前十一時より、一文の初めての通し稽古。歌舞伎、面白い。
『三朝庵』が休みなので地下鉄駅近くの小さな蕎麦屋に初めて入るが、ここもなかなかいい。『尾張屋』のたぬきせいろもいけるし、早稲田は蕎麦屋の激戦区である。
二文はAグループのゲネの後、Bグループの公開ゲネ。途中オイディプス役の伊東が台詞を忘れる。どうなることかと思ったが、どうにかなった。
『金城庵』で生ビールと鰻重を食べる。
お盆に近い教職員宿舎は絶好の霊登場シチュエーションなのだが、私はなんにも見ないし、どなたも現れない。大体墓場が側といっても恐怖が湧かない。死者は生者と共にこの世界を作っている仲間だ。なぜ恐れる必要があろうか。
生まれてこのかた霊体験と呼ばれるものと一度も遭遇していない。私自身が幽霊みたいなものだからだろう。
■八月某日

No.076

 11時から早稲田どらま館で一文のゲネ、A、Bグループで二回通し。二文はいよいよ本番。三時と七時。
本番前気合を入れてくれというのでそれぞれの舞台の前、気合を入れに教室に向かう。
八時終了。これで三年間に亙った私の夏季ワークショップの仕事は終わり。カーテンコールで花束をもらうと、思わず淋しさが込み上げてきた。定年退職のときの気持ちとはこういうものなのかとふと思う。
お客さんが出て缶ビールで乾杯すると、学生たちはもう大騒ぎ。例年通り、これにはついていけない。楽しそうだな、こいつらと思い、さっさと帰りたくなる。基本的に劇団でもどこでも乾杯とか打ち上げが苦手である。面倒臭いのだ。とっとと帰って次のことを考えたいのだ。
と思っていたが結局朝五時まで打ち上げに付き合う。
大学の正門前では学生会館移転反対の学生たちがシュプレヒコールを上げている。
好きな女性にはどうアプローチすればいいのでしょうという相談を受ける。彼が三十代の頃のゴダールに似ているので、「君は僕のアンナ・カリーナだと言え」と忠告する。
■八月某日

No.077

 三時、一文本番。途中、ビデオの音声が途切れる。終演後、どらま館を出るとどしゃぶりの雨である。大いに濡れる。宿舎を出る。
六時、ソワレ本番。何事もなく、順調に終わる。
いやあ歌舞伎とのジョイントも面白かった。中村東蔵先生、ありがとうございます。
新宿のサウナに向かい、仮眠を取ろうと横になり、そのまま朝まで事切れる。
携帯の留守録には一文の学生の打ち上げ来てコールでパンク状態。
私が行方不明でどこかで事件、事故に巻き込まれたというデマも飛んでいた模様。
一文のみんな、ゴメン!ことにTAの林さん、すまない、私は事切れてました!
この日記を見た人はどうか一文ワークショップのメンバーにこの旨伝えて下さい!
■八月某日

No.078

 四日振りで癇癪館に戻るも、完全休養はならず。
夕刻、西荻窪の太田省吾氏邸で来年の京都の打ち合わせ。
評論家O氏、大元気、ひとり語り。花園賞のときの金守珍のよう。最近とみに人生が快調と見た。
しかし休日を返上してO氏の話しを聞きに来たみたいで途中で不愉快になる。
明日から『ニッポン・ウォーズ』の稽古、再開である。
■八月某日

No.079

 リバイバルバ−ジョンの舞台を設営してしまうと、稽古が出来なくなるのでニューバージョンは追い込みである。現像をし直したスライド写真を組み込み、仕上げにかかる。
冷え性である。暑さには強いが、冷房には弱い。新聞社や出版社のビルはいつもぎんぎんに冷えている。打ちあわせ等々の後、外に出ると温度の違いに体が戸惑っているのが手に取るようにわかる。
この日の昼間も新聞社に赴き、ランチにイタメシにビールをやって表に出たら頭がくらくらしてきた。喫茶店に退避し、仮眠を取った。
■八月某日

No.080

 昼からの稽古。ニューバージョンの稽古終了。
夜、結城座で打ちあわせ。

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