2004.11.17-23 サイスタジオコモネA

ハムレットクローン稽古場レポート1

号外!泥棒を盗った男!

稽古場でジロリ、怪しい髭の男が空を見つめる。無数にある檻に囲まれ、そこで初めて男は存在する。存在している事が存在かどうかは分からない。男に名前はない。この場所では、ただ<泥棒>と呼ばれている。

<泥棒>は、何度も演じられてきた。つい最近まで、南米では笠木誠という男が演じていた。この男に変更したのは訳がある。カサギさんがフランス人と飛行機を見るため、サンチャに脱獄したからだ。カサギさんは今では「カタギさん」と呼ばれてるらしい。新しくはいってきた男は、ブンガクザというなにやらいかめしい団体に所属している俳優だ。とにもかくにも男が新しい<泥棒>になるわけだ。

<泥棒>を迎えるにあたって、演出家はこう口にした。「何度も上演されている作品は年を追うごとに、手練れになっていくケースが多い。しかし、作品の核となる役に男がはいる事によって、この作品は今までとは違う新しいものになるだろう」

私は、男に色々聞きたい事があったので尋問した。尋問といっても、インタビュー程度のものだ。男の風貌は立派だった。取調べの常套句である緊張してるかどうかを尋ねると、意外にも「してる」と男は答えた。そして、「カワムラ演劇の中で登場人物として生きられるかどうか緊張してる」と続けた。

話していく内に、この男はカワムラ作品のファンであるらしき事が分かった。男は、次々と、十五年ぐらい遡って、そのカワムラ作品をあげはじめた。『新宿八犬伝』『ジョーの物語』『アーカイヴス』最新作『クリオネ第一幕・第一稿』まで、男は観劇したという。男は「ずっとカワムラさんに憧れてた」と言った。男の眼は真摯だった。嘘発見器にかけるまでもなく、本当の事なのだろう。

男は言う。「カワムラさんのホンは、余計なものがない。それでいて、カワムラさんのリズムというか詩になっているのが魅力だ」、と。さらに男は、まくしたてた。「演出だって、同じだ。余計な事をほとんど言わない。言葉で多くを説明しない。そして、役に対してのモチベーションを要求される。役者としては、しんどい。でも楽しい。」

肝心な事を聞きたかった。カサギさんについての事だ。やはり同じ役、しかも既にある程度カタチができてる作品を演じる事は、色々気になるだろうと思ったからだ。男はカサギさんについて、よく知っていた。カサギさんはカワムラ作品の常習犯なので、男が知ってるのもうなずける。男はカサギさんを「内包されたものを自然に出す事ができるタイプ」と。だったら、男はどういうタイプなのかと尋ねると、「よく知ってるだろ?自分で書きな」と言われた。

確かに私は男の演技を何度も目にした。男には、「変幻自在」という言葉がぴったりとあてはまる。『夜の来訪者』での賢い坊ちゃん、カワムラ作品でもある『バラード』のヤクザ兼愛人まで実に幅広い役をこなせる力を持っている。役者は、よく演技に色をつけたがる。しかし、男は的確に確実に「役」に的確に近付く。故に、私は男がいつも「役」に見えない。加えて、男は良い意味で演劇っぽい演技をできる。つまり、相手の台詞にきちんと呼吸できるかとか、どう観客に見られているのか意識できてるかどうかとか、そういう事だ。その点、男は抜群だ。決して自分の中で小細工しない。それは、男のフィールディングの広さを証明できる。

と、まあ男について感じる事を書いた。色んな意味でカサギさんとは違う<泥棒>になる事は間違いないだろう。男は<泥棒>という役に対し「一人の平凡な男が、自分のストーリーの中で狂気と化していく姿、その逆境をきちんと体現する事が必要だ」と話した。

男にしか演じる事の出来ない<泥棒>が、男の中で覚醒されようとしている。

男はこう言った。「是非、ティーファクトリーの中で新しい芽を吹き込みたいと思います。それから僕の芝居を見続けていただいた方には、いつもと違う僕を見せられると思うので、ご期待ください」

なんとも礼儀正しい。恐縮です。怪しい髭の男は、只者ではなかった。期待せずにはいられない。もうすぐ幕があがる。


(男の情報 詳細)

古川悦史……文学座所属

主な舞台作品は、『ペンテコスト』『崩れた石垣、のぼる鮭たち』『ベンケット道路』『ドン・ジュアン』『龍の伝説』『TERRA NOVA』など。以上、文学座公演

その他に俳優座劇場『夜の来訪者』KOKAMI@network『幽霊はここにいる』など。

また、文学座の有志メンバーで構成されたHappy Hunting Ground(HHG)の一員として精力的に活動を行っている。

川村毅作品は去年、文学座アトリエで上演された『バラード』に続く二度目。

(取調べ官:時枝正俊)

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